美味しくない野菜は、美味しくない。

野菜を作っていますってお話をすると「野菜大好きなんですよ、野菜って美味しいですよね!」って言われることがあるのだけど、内心複雑な思いがしてしまう。

だって、美味しくない野菜は美味しくない。野菜が好きというなら、同じ種類の野菜でも味が全然違うってことをわかってほしい。産地、品種、鮮度が同じでも育て方で全く変わる。うちの野菜を食べたことないのに他所の野菜と一緒にしてほしくない。

うちの会社では、少しでも「美味しい」野菜を作りたいと考えている。

そして、そうしようと思ったら現状の把握が必要で、他との比較はとても大切だ。スポーツだって芸術だってなんだってそうだろう。

だからその辺りで売っている野菜も買ってきて食べ比べをするのだけど、これがなかなか難しい。

そもそも野菜の美味しさってなんなのか。

「甘み、うまみが強く、それでいて苦み、えぐみが少ない」「よい香りがしっかりする、それでいて嫌な臭いがしない」「しっかりした歯ごたえがある、でもすじ張らずにさくっとかみ切れる」

この三つの相反するポイントが高いレベルで満たされていること、というのを今はひとまず「美味しい野菜」の定義にしている。

これでも比較的明文化している方だとは思うけど、まだまだずいぶんと抽象的で全く不完全だ、とも思う。

前に「心に残ってるおいしい野菜は何ですか?」という質問について書いたけれど、実際畑で食べる野菜は美味しい。鮮度はもちろん食べた環境によるところも大きい。気持ちいい大空の下、空気も綺麗なところで食べたらおいしいに決まってる。

だから会社で作っている野菜の味を確認するときは、よい状態でだけ食べるのではなくて、できるだけ鮮度が落ちた状態で(店頭に並んでいるよりも悪い状態で)、事務所か家で食べるようにもしている。毎回までは出来てないけど、他から買ってきた野菜と食べ比べもしてみる。

だってご購入いただいた方にはその条件で食べていただくことになるんだから。試食だってフラットなその状態じゃないと意味がない。その条件でも美味しいって思ってもらえる物を出さないと。

さらに難しい問題がある。味がどんなものだったか記録することが極めて難しいことだ。

あるタイミングで同時に複数の物を食べ比べると、違いは割と簡単にはっきりと分かる(また後日書きたいけど、良し悪しだけじゃなくて好みとか料理への向き不向きもある。それも複雑)。でも過去に食べたものと比べて今回の出来がどうか?と言われると、なかなかはっきりと答えにくい。やっぱり去年より今年、今年より来年により良いものを作りたいのだけれど、それの比較がとても難しい。
ソムリエの人の言い回しって独特だけれど、ああいった表現が発達した理由というのもわかる気がする。漠然と覚えようとするだけだったら味も香りもなかなか覚えられない。

ワインっていうたった一つの品目であれだけ多種多様な表現があるのに、コカブ、ニンジン、ゴボウ、オクラ、他にも年間何十にも上る品目についてどうやって覚えたらいいんだろうか。

現場のスタッフがどれだけいいものを作ってくれても、それが評価できないと、いいものにダメと言ってしまうかもしれない。反対に、ダメなものにいいって言ってしまうかもしれない。


(トップ写真は今の自社農場産のズッキーニの試食会をしたときの様子です)

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古荘貴司

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