A:最近、ハマっている本があってね。
B:なになに?
A:この、「引き寄せの法則」についてのものなんだけど。
B:なんか昔アイドルが言っていたのを聞いたなぁ……どういうものだっけ?
A:要は、「自分の考えていることが、現実になる」ってことで、いいことをたくさん考えていると、本当にいいことが起こるんだ!
B:ふーん、まあつまり「ポジティブ思考」ってこと?
A:違う違う、「ポジティブ思考」はただ思ってるだけでしょ?「引き寄せの法則」は、本当に現実世界に働きかけて、それが実現するんだ!
これは科学的にも証明されてるんだよ!
B:ほぉ……
A:ポイントは、人間の思考も物理的実体があるってことなんだ※1。つまり、それは素粒子で表せて、量子力学に従うってこと※2。この世の物事もすべて量子力学に従うから、人間の思考とこの世における出来事は相互作用するわけだ※3。人間が何かを想起すると、それは物事が確定しているわけだから、いわば「観測」という行為だと見なせる※4。この世における出来事を観測すると、その状態は確定する。だから、良いことを思い浮かべると、それが実現するってわけだ。
B:まず、何を言っているか良くわからないんだけど……(Aに言葉を遮られる)※5
A:もうちょっと記号的に考えよう。人間の思考を「測定器M」、この世の出来事を「状態S」と名付けると、この世の出来事として実現するものは、次のような状態になるはずだ:
|M>=M|S>
もっと具体的な方がいいかな。例えば状態|S>はある人の財力を表すもので、演算子Mはその人が欲しいと願う財力だとしよう※6。
B:Mは結局、その人の頭の中で思っていることだから、実現する状態|M>だって頭の中なんだよね? というか、思考が現実に作用しているという描像がまずよくわからないんだけど(再びAが遮って)
A:そこが重要なところなんだ! 思考が現実に作用することで、いわゆる「引き寄せ」が引き起こされるんだ※7!
B:だから、その仕組みがどうなってるかが分からないんだってば。これだけだと、「夢と現実が区別できてない人」と一緒だよ。
A:それは別だよ !夢はあくまでも脳内だけの世界で、引き寄せは現実につながっているんだ※8。
B:それはそうかもしれないけど……じゃあ、こうしよう。例えば、こう捉えることも可能だよね? つまり、人間の脳は騙されやすいので、良い未来を脳内で思い浮かべると、そのシナリオに沿った出来事を重点的に意識するようになる。そしてそのシナリオが現実にも起こったとき、「ああ、やっぱり思った通りだ」と納得し、余計に想像と現実のつながりに納得してしまう。そういう経験を重ねていくと、あたかも「思い浮かべた良いことが実現する」という架空の因果関係を学習してしまうんじゃないか?※9。
A:なんてことをいうんだ! もう君とは話が通じない!
あとがき
「引き寄せの法則」を検索すると、科学的根拠をまことしやかに説くサイトが出てきます。
事実と嘘(論理の飛躍)を交互に並べることで、あたかも論証しているかのように見せる巧妙な手法に感心してしまいますが、同時に情報リテラシーや科学リテラシーの重要性を強く感じます。
もともと科学に覚えのある人が、後に似非科学を信じ込んでしまうことも世の中にはありますが、今回の主人公もそのような人物と言えるでしょう。
プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)
1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。
7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。
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