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誕生から数秒後の宇宙を直接見る方法とは?ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」⑰

先生:宇宙ニュートリノ背景って知ってますか?

生徒:宇宙マイクロ波背景放射、ではなくてですか?

先生:まあ、似た現象ではありますね。宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバンの40万年後の電磁波が今、地球で観測されているものですね。

生徒:ビッグバンが存在した証拠ともいわれていますよね。

先生:それだけではなくて、我々にとっての宇宙の観測限界も決めているものなんですよ。

生徒:観測限界?

先生:宇宙マイクロ波背景放射が生じる前、すなわち宇宙が誕生してから40万年間は、宇宙は素粒子がプラズマ状に飛び回っている状況で、光はまっすぐ進むことができませんでした。だから、宇宙の温度が下がってきた40万年という時代に存在した光が、ようやくまっすぐ進めるようになり、我々のもとに届いているわけです。逆に言えば、我々地球上の観測者は、宇宙誕生からの40万年間について、直接観測をすることができないのです。

生徒:なるほど、その時代の光は地球に届くことがないんですね。

先生:それは、光が色々な素粒子と簡単に相互作用してしまうからなんですよ。この世の物質のもっとも基本的な構成要素を追及する素粒子物理学※1によれば、この世には「強い相互作用」「電磁相互作用」「弱い相互作用」「重力相互作用」の4つの力が存在するわけですが、陽子や中性子を形作っている「強い相互作用」と、光や電荷が関わる「電磁相互作用」はとにかく強いんですね。

※1 20世紀前半に電子の反粒子である陽電子が予言されたことをきっかけに、次々と理論的・実験的な研究が進み、2012年のヒッグス粒子発見によって「標準模型」と呼ばれる理論的枠組みが成立。

生徒:ニュートリノ(物質を構成する素粒子の中で電気を帯びていないもの)は「弱い相互作用」と「重力相互作用」しかないので、どんな物質でもほぼ素通りしてしまうわけですよね。

先生:そうです。そうなると、宇宙初期で有象無象が目の前を塞いでいるような状況でも、ニュートリノはまっすぐ突き進んでこられるんです。
もしこの時のニュートリノたち、通称・宇宙ニュートリノ背景放射を捕まえることができれば、宇宙誕生から数秒後のことを直接知ることができるんです。

生徒:なるほど! それはぜひ観測したいですね!

先生:しかし、ニュートリノのエネルギーが2K※2といわれているので、とんでもなく観測は難しいでしょうね。今のところ直接観測の賢い方法を思いついている人はいないんじゃないでしょうか。

生徒:あのスーパーカミオカンデとかでも?

先生:あれも基本的には、ある程度のエネルギーがないといけないですからね……

生徒:そうか……一筋縄にはいかないんですね。

先生:まあ、上手い方法を編み出したらきっとノーベル賞ですよ。気長に考えてみましょう。

※2 物理ではエネルギーを様々な単位で表しますが、ここでの「2K(ケルビン)」は温度の単位であり、-271℃に相当します。多数の粒子が乱雑に運動しているとき、その平均的なエネルギーのことを「温度」と呼びます。これは日常的に使う「温度」と同じ意味を持ちますが、手で触れることのできない素粒子や光に対しても定義することができます。
通常のエネルギーの単位J(ジュール)やeV(電子ボルト)とは、「ボルツマン定数」という数値を用いて変換することができます。
2Kの温度は
3×10-23J

J(30の一兆分の一のさらに一兆分の一)に相当し、これはウラン原子を10m持ち上げる時の仕事と同じです。
ニュートリノ振動の実験でスーパーカミオカンデに撃ち込まれるニュートリノのエネルギーが600MeVすなわち
1×10-10J 

J(百億分の一)であることと比較すると、圧倒的にエネルギーが低いと言えます。

プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


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