無題

「見た目」に縛られる女たち ー第2回「細さは正義?」ー

太るのがこわい

現代の日本において、女性の求める「美」に痩せていることは必須条件である。『世界で最も美しい顔100人』のランキングにノミネートされたことのある女性芸能人をいくつか挙げると、石原さとみ(157㎝45㎏)、桐谷美玲(163.5㎝39㎏)小松菜奈(168㎝推定40kg前後)。美しい「顔」ランキングのはずが、選ばれているのはモデル体型の細い人ばかりだ。日本人以外にも様々な国籍の女性がノミネートされているが、ぽっちゃりした体型の人は誰一人いない。男性の求める理想体型のアンケートではたいてい標準体型が1位だが、それは幻想だと言うかのように人気の女優・アイドル・アニメキャラに至っても痩せていて、「痩せ=美」に結びついてしまうのも無理はない。

そういった考え方に侵されて、何も考えずに「食べる」ことができなくなった女性たちがいる。

摂食障害は「神経性無食欲症(拒食症)」や「神経性大食症(過食症)」などの精神疾患を包括したものである。宝泉薫の『痩せ姫 生きづらさの果てに』という本においては彼女たちを病人ではなく、美を求める生き方の一つととらえて「痩せ姫」と呼んでいる。ここでは摂食障害に陥ってしまう女性にとっての美の考え方とそれをめぐる女同士の関係について考察する。

「食べない」か「食べて吐く」か

摂食障害には制限型と排出型がある。制限型はシンプルに摂取するカロリーを制限する方法で痩せようとする方法で、彼女たちのその徹底ぶりは異常なほどである。宝泉薫が運営するブログで紹介された彼女たちの食事記録の一部はこのようになっている。

朝 ブラックコーヒー100ml 白湯100ml
昼 未定
夜 無し
朝 なし
昼 なし
15時 ゼロカロリーゼリー
   ヨーグルト 56キロカロリー
   玄米ブラン 177キロカロリー
   コーヒー
夜 なし

このような無茶な食事を続けていると低たんぱく症になり、浮腫みが発生して努力と裏腹に体は太くなる。解決策は食べるしかないのだが、食べれば太ってしまう。そこで排出型に移行する。最初の段階が喉に指を入れて吐く「指吐き」で、次の段階が「腹筋吐き」。指を使わず腹筋の力だけで吐く方法だ。上記二つの方法は胃液で歯がボロボロになり、唾液腺が腫れてしまうのだが、それを逃れられる次の段階がチューブ吐きで、医療用のチューブを胃に差し込んで吐く。周囲を汚すこともなく、食欲を満たしながら痩せられるため「完全犯罪」と形容されることもあるほど、ある種の中毒性を持つ。

「私が仕事を辞めて入院をしたきっかけは指吐きからチューブ吐きに移行したから。チューブ吐きは大量に楽に吐きダコも胃液で歯が溶けるのもなくなり口内炎もできにくい最強の吐き方を身につけて過食費で生活が厳しくなっていったから。」
「チューブで吐けば楽になれるの?違う。一番望むことは、食べないことに快感を覚えていた過食を知らなかった拒食に戻ること。そして、20㌔台に戻ること。」

生々しい性への嫌悪と逃避

上記は摂食障害の女性たちの行動のほんの一部に過ぎない。過食の食材費のために万引きや援助交際や風俗をはじめる、「儀式」と称した痩せを確認するための行為をやめられなくなるなど、彼女たちの異常と言われてしまう行動は紹介すればキリがない。なぜ、そこまでして痩せたいのか。芸能人のような体形になって注目されたいからではない。彼女たちの目標は「スタイルが良い」という程度を超えたところにあるからだ。

「新学期痩せてみんなを驚かせる」「痩せたら短いスカートを履く」といった発言をする女性の欲望は「美しい自分を見られること」だが、痩せ姫は違う。「痩せること」自体が神のように他の全ての価値観を超越している。ちょうどいい体形をキープするという考えはなく、体重計に乗ったとき、前回より必ず減っていなければいけない。宝泉薫氏のブログには痩せ姫のこんな文章が紹介されている。

「『痩せたいけど胸も無くなるのは嫌だ』ってよく周りの人が言ってるんだけど、どうしても理解できない。胸とお尻が気持ち悪い。いらないいらない女性らしい体つきとか気持ち悪い骨と皮だけになりたい」

彼女の言葉にあふれるのは女性性への嫌悪だ。「男性から選ばれたい」とは真逆で寧ろ「女性として見られたくない」から痩せるのだ。さらにこの文章にはこのような1件のコメントが投稿されていた。

「不謹慎だけれど、初潮が始まる前にお星様になった少女たちはある意味汚れなき天使や妖精と神々しく思ってしまいます。」

「初潮」とあるが、生理は彼女たちにとって関係深い問題である。体重があまりに減ると、生理が止まる。それを痩せた証拠としてとらえ誇りに思うのに加えて、「女」でなくなったかのような感覚に喜びを覚えるのだ。まるで彼女たちが「女は存在しない。女になるのだ」というラカンの言葉を知っているかのように、自らに付随させられた「女」を捨て去ることができると信じて藻掻く。

これはペニス羨望の裏返しではないか。幼少期に母にペニスが無いことを知り、母の無力さに呆れ、父と寝てペニスを得たいと思うようになることで、女性のエディプス・コンプレックスは始まる。欲望とは裏腹に近親相姦は禁止されているため、ペニスを羨望してしまう主体は掟を破ろうとする罪深き存在であり、無意識のうちに抑圧される。性を汚いものと認識する彼女たちにとって、ファルスを持つ男やファルス自体は厭うべきものであり、そのようなものが存在しないおとぎ話のような世界を理想としているのである。

溶けてなくなるもの

先ほどのコメントには「天使や妖精」という言葉が出てきた。彼女たちの思考にはメルヘンに近いものがある。痩せすぎて背中にはっきりと現れる肩甲骨を「天使の羽」と呼び、それを手に入れることを目標にする。またSNSの食事記録には、高カロリーでダイエットに向いていないにもかかわらず、アイスクリームやパフェがぽつんと投稿されることがしばしばある。カロリーはあっても、口の中で溶けてなくなってしまうものを好むのだという。

「アイスクリームメーカーに水と練乳少しとゼロカロリー甘味料入れて作ったアイス...罪悪感なくていい感じ」
「拒食時の食事はどんなだったって聞かれたから朝にビタミンゼリーとナッツ数粒 昼にクリーム玄米ブランと豆乳おやつにバナナ 夜に茹で野菜そのままと牛乳 って売り場で見せながら教えたらドン引いてたw」

アイスのような溶けるもの以外にお菓子や果物といった可愛らしいものを好むことも、汚らわしいものから少しでも離れたいという願望が現れている。見た目の変化以前に、脂肪がどこかに消えてしまうという現象自体に自分の体をコントロールしている全能感を覚えるのかもしれない。

痩せ姫にとっての神様

摂食アカウントの女性同士の関係性はどのようなものか。彼女たちの中にゆるやかな上下関係のようなものはある。指吐き、腹筋吐き、チューブ吐きの順に難易度が高く、チューブ吐きができると「先輩」のようにやり方の教えを乞われることも多い。しかし、美容アカウントで見たような嫉妬や観察、見下しといったものはほとんど見られない。彼女たちにとって痩せは宗教的な美であり、痩せている子は神のように崇められる。

一般人と比べればかなり痩せた少女も、骨と皮だけになったような女の子の写真を集め「痩せ姫様になりたい。」と体重を落とすモチベーションにするのである。努力した者は痩せ、さぼった者は太る。それだけの世界であり、体重が増えれば叱責の矛先は自分自身に向けられる。行われる交流はいがみ合いでなく励まし合いだ。彼女たちの敵は、痩せるための生活を脅かすものすべてだ。

「死ぬより生きて」は誰が決めたの

痩せ続ければ当然健康状態は悪くなり、明らかに見た目に出るようになる。それを許さないのが、親や世間の目である。努力を重ねて手に入れた身体を否定するかのように「食べなさい」「太りなさい」を連呼され居場所がなくなってゆく。現代の社会では死ぬよりも生きるほうがよい、病気より健康がよいことが常識とされ、医者の仕事は病気を治すことだ。対照的に彼女たちの願望は痩せることを通り越し「消えてなくなること」だ。「むしろ前より不健康だね、と言われたほうがうれしい」という発言も見られる。

彼女たちの欲動のベクトルはまっすぐに死へと向かう。

「健康も不健康も関係ないよ。健康から知る心がある。不健康から知る心がある。あなたは健康でしょうか。あなたは不健康でしょうか。そんなの関係ないの。懸命に生きたい人がいる。懸命に逝きたい人がいる。どちらも重要なことだと思う。答えは自分自身。賢明に生きて賢明に逝く。」

そう呟く彼女は、生殖不可能になるほど痩せて男に欲情されることのない見た目になるか、閉経したおばあちゃんになりたいと言う。「女」でなくなることが痩せ姫にとっての美であり、その延長は「死」だ。死ぬことが、彼女にとっての幸福なのである。


第3回へつづく

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