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人生の嘘の正体が見えた

九州営業所から東京本社に3年ぶりに戻ってきたのに、僕の代わりに九州へ行くはずだった人が辞めてしまい、相変わらず九州の仕事をこなしながら、本社の仕事もやることになってしまった。その上、会社のマネジメントのミスでクライアント怒らせてしまった案件までやる羽目になってしまって、完全にキャパオーバー状態となった。

土日に出勤しても僕一人こなせないような状態だったので、いつもお手伝いをしてもらっているグループ会社の方に来てもらうことになった。
ただ、残念なことに、その方の専門分野ではなかったために、一から教えなければならなかった。

最初のうちは、一度引き受けたからには、何とかしなければならないという使命感で頑張った。しかし、複数の案件を同時に動かしているような状況だったので、一つの案件が一段落しても、まだまだやることが残っているので、ちっとも一段落したという感じがしないまま、一か月、2か月、3か月と時間が過ぎていった。

一か月くらいなら、少々の無理も何とかなるものの、それ以上になるとさすがにメンタルが持たなくなってきた。

人生の嘘の正体が見えた

そんな状態が3か月目になったある日の土曜日。いつものように休日出勤をしていた僕は、たった一人、オフィスで仕事をしていた。その時に、ふと、「いったい何のために仕事をしているだろうか」と考えてしまった。

大学院時代から続けてきた趣味のトライアスロンもする時間もなく、友達と飲みに行く時間もなく、実家に帰る時間もなく、ただ一人暮らしのアパートに帰るだけの生活。もし、この仕事が好きで好きでたまらないのであれば、こんな生活でもある程度は耐えられるのかもしれないんだろうな。と。

その時、「そうか、俺はこの仕事が嫌いなんだな。」と思った。

だって、好きな仕事だったら、こんなにつらくないんじゃないだろうかと。
確かに、この会社に入った理由も、積極的にこの仕事がやりたかったわけじゃないし、実家から通えるとか、残業が比較的少ないから趣味のトライアスロンができるとか、そんな理由だった。

「それなのに、全部できなくなってしまって、いったい俺は何をやっているんだろうか?」

そんないい加減な生き方をしているから、あの夜、自分の才能を発揮して突き進んできた彼女に対して引け目を感じてしまって、受け止めることができなかったんだ。だから僕の言葉は彼女に届かなかったんだ。

そうか、この仕事が嫌いなんだ。
そのことがよく分かった。

仕事自体に魅力があったわけではない

結局、その会社に入ったのは、妥協の産物だったのだ。

僕は大学時代に、音響工学を学んでいた。
それは、音楽が好きだったので、いい音を作る仕事がしたかったのだけど、いい音を作る仕事というのは、そう簡単には見つからなかった。
そこで、騒音制御のエンジニアになった。騒音問題はあらゆるところで起こっているので需要もたくさんあった。

さらに言えば、ある程度安定している会社で、長男だから東京の実家から近く、残業も少なめで趣味ができそうであるという条件を考慮して、入社したのだ。その会社で扱っている仕事自体に魅力を感じているわけではなかったのだ。

そんな理由で会社を選んだことについて、自分を納得させるために、「面白い仕事も、そうでない仕事もある。それが仕事というものだ。」などという言葉で自分を納得させようとしてきたのだ。だけど、土日もなく働き続けなければいけない状況になって、その自分につき続けてきたその嘘を、ついに認めざるを得なくなった。

自分はこの仕事が好きではない。
それは紛れもない事実だった。

(つづく)


自分がうつ状態に陥って、そこから這い上がってくる過程で考えたことなどを書いています。自分の思考を記録しておくことと、同じような苦しみを抱えている人の参考になればうれしいです。フォローとスキと、できればサポートをよろしくお願いします!