ジャックマー_後編

華僑心理学 No.7 ジャック・マーが中国社会に与えた影響(後編)

こんにちは、こうみくです!

前編では、ジャック・マーが中国に物理的に多大なる影響を与えたことについて解説しました。

このように、ジャック・マーが中国全体に与えた影響は計り知れなく、それは全世界ベスト10に入る時価総額の企業を作ったという経済的な貢献、中国にECを広めた技術革新的な貢献、更に、中国国民、その中でも特に中国の若者のメンタリティに多大なる影響を与えたという貢献で、突出しています。

本日は、そのようなメンタリティの部分にフォーカスして解説していきたいと思います。

1.伝統的な常識を覆したジャック・マー
① コネとお金と留学経験がないと、成功できない

文科大革命以後の中国は、多くの発展途上国と同じように、汚職がまんえんし、なにか物事を進めたり、とくに事業を起こしたりするためには、コネやワイロがないと全く進まないという共通認識がありました。特に、家族親戚に役人との強い繋がりがない一般の人であれば、成功なんて出来っこないという空気感が、社会全体を覆っていました。

そこで、すい星のように現れたのがジャック・マー。両親は、「評弾」という、物語を歌う伝統芸能の演奏家で、彼は3人兄弟の2番目の子供でした。もちろん、コネもなければ、お金もありません。(下記写真、左)

話は少し逸れますが、日本では、様々な民間や大学の助成金が充実している上に、政府が「とびたてジャパン」といった留学を後押しするプログラムに大きく予算を割き、若者の海外留学を支援しています。それでも、「なんだかんだ日本は居心地がいいし、とりたて留学をしたいと思わない」といった人も多いでしょう。

しかし、中国では全く状況が異なります。

金銭的な理由で留学に「行くことができない」という状況はあっても、積極的に留学に「行きたくない」という感覚は、中国ではあり得ません。なぜならば、留学は混然とした貧しい中国を抜け出して、裕福な欧米諸国に移住できるキッカケとなります。実際に、筆者の両親も、20年前に、この発想で日本に留学を経て移住しました。また、いずれ中国に戻るにせよ、海外留学は圧倒的な箔が付きます。特に、シリコンバレー優位なIT産業で言えば、中国版検索エンジンのBaidu CEOはニュヨーク州立大学出身、新興電機メーカーで有名な小米CEOもアメリカ留学経験ありと、留学は経済的成功を目指す上での必須条件と言っても過言ではありません。

ところが、ジャック・マーの経歴はどうでしょうか。

留学経験が一切なければ、英語も全て独学です。彼は、10歳のときに英語に興味を持ち、9年間もの間、杭州ホテルまで自転車で出かけては外国人旅行客を相手に無料ガイドを行うことによって、習得しました。

それなのに、今や、どの留学帰りのCEOよりも成功し、流ちょうな英語を操っては、通訳を介さずに世界中の要人と対談し、講演をこなしているのです。

2017年着任間近のトランプ大統領との会談にて

このように、家庭のバックグランドを物ともせず、裸一貫で、中国一の大富豪まで上り詰めたジャック・マーは、まさにチャイナドリームの体現者なのです。これ以上に夢のある話はないのではないでしょうか。


② エリートコースから外れたら、成功できない

14億人もの人口を抱える中国は、日本以上の競争社会です。ホワイトカラーとブルーカラーの平均収入の差が、優に3倍以上の開きがある格差社会では、誰もが疑いもなく、少しでも収入がいい企業へ就職したいと奮闘します。いい企業に入るためには、何が何でも、いい大学に入らないといけません。何故なら、日本のような学生に優しい「新卒は企業がトレーニングするものだ」という価値観が薄く、就職においては通常の中途採用者との競争にさらされる上に、大学のレベルが低ければ、お話にすらならないからです。履歴書は見向きもされず、一流企業への門、それに伴う裕福な生活への希望は、永遠に閉ざされます。

そして、良い大学に入るために受験ノウハウが蓄積された良い高校へ、良い高校に入るために良い中学校へ入らなければならないといけません。一直線上に繋がるエリート街道では、一度たりともレールから外れてはいけません。一人っ子政策にて、両親+祖父母の期待を一身に背負った中国の若者は、そのような過酷なプレッシャーと日々戦っているのです。

では、ジャック・マーは、どうでしょうか。

高校受験から2回失敗し、大学受験でも 3回目失敗。4回目の受験でようやく合格出来たものの、全く無名校。更に、卒業後の就職試験では、KFCに応募し、応募者24人のうち、自分1人だけ落ち、警察官の試験でも応募者5人中、やはり自分1人だけ落とされたのです。このように、ありとあらゆる就職試験で30回落とされ、アリババ創業前は40回起業に失敗しました。

そのような経験もあって、2017年、早稲田大学で来日講演した時にジャック・マーは「秀才は就職すべき。でも僕のようなクズは起業するしかなかった」と堂々と言い放ったのです。

失敗が許されない中国、メンツ文化を大事にする中国で、ここまで自分の失敗をさらけ出し、若者を鼓舞できる経営者は前代未聞です。更に、失敗は成功の母、失敗を恐れずに挑戦しろとのジャック・マーのメッセージは、多くの若者に多大なる癒しと勇気を与えました。

2.勝ち組の概念を、ごっそり塗り替えたジャック・マー


筆者のひと世代前の中国では、周囲に一番羨ましがられる進路とは、国営企業にぶら下がって、まったり働くこと。官僚や大学教授といった権威者になって、既得権益に守られながら、豊かに暮らすこと。自分の懐にお金をたくさん落とし、半径5mの家族友人に富を配分させること。これらが勝ち組の成功像として教えられてきました。中国の価値観として、個人的な富に焦点がフォーカスされており、社会や公益のために、という発想がごっそりと欠落していたのです。

これは、中国の政治体制にも起因しています。
中国政府は、絵に描いたような「大きい政府」であり、民衆に対する強制力やプレゼンスが強いために、「社会を発展させることは政府や国の仕事であり、自分とは関係ない。個人が社会に大きな変化を起こすことは出来ない」との諦めや閉塞感が人々の間に漂っていました。

しかし、ジャック・マーは技術とビジネスを通して、中国社会を丸ごと変えてしまったのです。

いまや、中国は世界中で最もECが普及している国のひとつであり、2030年になるころには、純粋なオフラインでの実店舗での消費は全体の50%以下になるとまで言われています。このように、14億人の消費行動をごっそり変えてしまうほどのインパクトを、20年前にはコネも金も人脈も持っていなかったひとりの男が引き起こしたのでした。

ジャック・マーは、「社会問題の解決こそが、成功への鍵である」と講演会の度に、若者に説き続けました。そして、「小さい社会問題を解決すれば、小さい成功が手に入る。大きい成功を目指し長ければ、大きい問題に望め。解決した問題が大きければ大きいほど、会社は大きくなるし、お金も儲かる。」と幾度となく語っています。更に、IPO時のインタビューで、「中国で一番のお金持ちになった気分は?」と尋ねられたときは、こう答えました。

「1億円手に入ったら、それは喜ぶべき、自分の金である。10億円手に入ったら、資産運用や人間関係のトラブルがはじまり、苦痛となる。100億円以上手に入ったら、それはもう個人の資産ではない。社会からの期待である。政府よりも、ほかの誰よりも、ジャックならきっとこのお金でよりよい社会を創ってくれるという、皆からの期待の証なのだ。わたしは、これからは、それに応えなければいけない。」

既得権益にしがみ付いて安定を手に入れるよりも、自分の懐に入る富を耕すことよりも、失敗を恐れずにチャレンジする人生のほうが面白い。社会にインパクトを与えるほうが、格好いい。

そして、何も持たざる個人でも、世界を変えられるのだと、ジャック・マーは新しい価値観を打ち出したのです。


3.ジャック・マーが中国の若者に与えている影響


筆者が、ジャック・マーがもたらした若者への影響の大きさを肌身で感じたのは、今年の夏、北京大学に在籍する現役学生と接した時です。Twitterで、こちらのジャック・マーBotを運営するのは、中国の一流大学に通う華僑の女子大生でした。

彼女の周りの同級生も、スタートアップやテクノロジーに興味がある友人が非常に多いとのこと。筆者の世代(現在29歳)では、学生のトップ層は高給が約束されている外資金融、或いは福利厚生が充実している国営企業へ就職することが定説であったのに、たった数年で大きな意識改革が起きていたのです。その原因となったのは、ジャック・マー率いるAlibabaグループだけではなく、Tencent社や小米(シャオミー)、Baiduといった民間の巨大IT会社の成長も多いに影響しているでしょう。更には、ドローン界の巨塔であるDJI社の躍進、Huawei(ファーウェイ)やHair(ハイアール)といったメーカーの成長もあって、深圳地区では、中国のシリコンバレーと呼ばれるほど、スタートアップ界隈が急成長を遂げました。

元来、中国はアグレッシブで起業家精神旺盛な国民性ですが、あくまでも、家族経営のスモールビジネスが伝統的なスタイルでした。そこに、公益性や社会問題へのアプローチを試みるスタートアップ気質や、目先の富よりもチャレンジ精神を尊いとする価値観を広めたのは、ジャック・マーによる貢献が非常に大きいと筆者は感じています。

4.中国以外の発展途上国への影響

2017年夏、ジャック・マーはケニアのナイロビ大学を訪問し、講演を行いました。はじめての公式的なアフリカ上陸ということで、巷では、アリババのアフリカ市場進出か?といった緊張感や憶測が広まっていました。

そんな中、学生の前でジャック・マーはこのように語ったのです。

「わたしたちは、あなた方に何かを売りつけに来たのではない。優秀な若いアフリカ人起業家である皆さんに、アリババのような会社を、アフリカで100社作ってほしいのです。わたしは、それをサポートしたい。」

こうして、今後10年に渡り、アフリカの青年企業家100人を支援する11億円規模のファンドを設立することを発表しました。アリババ社はいままでも、アフリカの青年をアリババ本社である中国杭州まで招いて研修機会を提供する等、支援を行ってきました。

国内の財界向けの講演でも、ジャック・マーはグローバル化の定義について再三語ってきました。それは、外国の安い労働力を当てにして搾取することでなければ、資源を奪うことでもない。中国の価値観ややり方を押し付けることでもない。真のグローバル化、それは、現地に根付いた価値を提供すること。現地の人々に雇用を、技術を、富を生み出す手伝いをすることであると。そして、人々を幸せにしないビジネス・技術には、未来はない、と。

アリババ創業前、6年間大学で英語を教えていた先生ジャック・マーは、教師としてのアイデンティティを非常に大切にしています。アリババの代表退任後は、中国に留まらない全世界の若者への啓蒙を含めた教育・慈善事業に力を入れると表明しています。

5.総論


松下幸之助や稲盛和夫、スティーブ・ジョブズのような、後代にも語り継がれるだろうカリスマ経営者は、ある種ヒーローであり、その地域の若者に勇気と希望を与えるだけではなく、道しるべとなる存在です。

そして、あまり知られていませんが、ジャック・マーは、カンフー映画に出演したり、アリババグループの株主総会でマイケル・ジャクソンの扮したダンスを披露するお茶目な一面もあります。

中国の常識を覆したあとは、CEOでありながらも映画に出てみる、マイケル・ジャクソンを踊ってみる、54歳の若さで引退を決める、と世界の常識を超えて、いろいろなサプライズと勇気をもたらしてくれました。

今後、そんなジャック・マーに続く若者たちが中国を超えて、世界でどれほど育つのか、そして彼らがまた一体どのような時代を作っていくのか、とても楽しみではないでしょうか。

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