コンプレックスを燃やし尽くしたかもしれない

コンプレックスというものを、遂に、燃やし尽くした気配がする。

そう感じたキッカケは、昨日、この36の質問を友人とやっていた時に、頭を捻らせても、こたれられない項目がいくつかあったことに気づいたからだ。


Q10:自分の成長過程の一部を修正することができるなら、どんなことを変えたいですか?
Q12:明日の朝、目が覚めたときに何らかの才能や能力が身についています。どんな能力がいいですか?

人生で後悔していることや、自分自身の気に入らない点なんて、山ほどあると思っていたけれども、いつの間にか、心のきずとコンプレックスはチョコレートのように溶けて、消えていってしまったようだ。

こんな日が来るとは、1年前には、夢にも思わなかった。

一本道のようにつづいていく、決して引き返すことができない人生の中で、通れなかった道や、辿り着けなかった場所がやまほどある。悔しさに涙を流した日もあれば、じぶん自身を恨んだ日もあった。だけども、予想外の外れ道に迷い込んだからこそ、見つけた感動がある。こんなわたしだからこそ、好きになってくれたひともいる。

それならば、いまの人生でよかったんじゃない?いまのわたしでよかったんじゃない?

自然と、こんな風に感じることができた。

ちょうど半年前、会社を離れると決まった時に、いちばん目をかけてもらった上司に最後の最後まで格好いい姿を見せる事ができないと悔やんでいた。最後に、一緒に送別ランチに行ったときに、「わたしはぜったいに成功してます」と先輩に誓った。

すると、「こうさんにとっての成功とは?」と聞かれた。

「じぶんが自分で良かったと思えるようになることです」

こんな風に答えた。すると、先輩は「それは、成功のゴール地点ではなく、スタート地点だよ」と笑った。

確かに理屈ではその通りかもしれない、と頭でわかったものの、じぶんが自分で良かったと心から納得するなんて、とうてい無理に違いない。浅田真央にも、はあちゅうにも、深田恭子にもなれなかった、何者でもない平凡なじぶんで良かったと思えるなんて、ありえない。そう思えるようになるために、大きな実績を出さなければいけない。

実績も結果もない、空っぽなじぶんには、なんの価値もない。

そんな風に思って、いろいろと闘ってきた。

けれども、先日ミャンマーに来て、大きなLEGOブロックを組み立てていく時に、気づいたことがある。

20時間以上もかけて、組み立てたこの作品の完成像に、きっと価値はない。時間が経てば、タダの粗大ゴミになるだろう。

でも、【完成品】そのものに価値はなくとも、友人と一緒にせっせと組み立てていく【未完成】の過程には、手触り感を感じるほどの、たしかな喜びがあった。物語があった。

「あとどのくらいで、終わるのかな?」

「大丈夫。あとちょっとだから。」

「パーツがだいぶ減ったじゃん!あと一息。がんばろう」

普段なら、結果に執拗にこだわってしまう性格のわたしが、途中で「こんなに楽しい時間を過ごせたのだから、さいあくもしも完成できなかったとしても、別に大丈夫だ」とすら思えた。

そして、完成品を目指していく、未完成のプロセスそのものに価値があるのであれば、未完成であるわたしの今も、じぶんが思っている以上に価値があって、おもしろいものかもしれない。

素直に、そう思えたのである。

そうそう。

楽しいことがないかな、ないかなと、空から楽しいことが降ってくるのを待つのではなく、こんな風に、じぶんの手で歓びの種を撒いていくこと、物語を紡いでいくことこそが、最高に楽しいんだよね。

10年前にハワイで見た、夕焼け空は最高に綺麗だったけれども、

モノ売りのおじさんが、メロンをスプーンで試食させてくれたヤンゴンのローカル線も、それに負けないくらい最高の思い出になったよ。

洗練されたビーチで、ひとりで美しい空を眺めたあの日よりも、ずっとずっと、こころ温まる幸せをかみしめたよ。


2019年2月18日。


いま、わたしは心の底から、自分がこうみくでよかったと、感じています。

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こうみく

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