差分のデザインと幸福

前回:非連続を連続にすることの幸福

3. 仕事
3-6. 差分のデザインと幸福

差分と余白。この2つは人生でデザインすべきことだ。この2つの設計が上手ならより幸福を生み出せる。今回は差分について。

差分ってのは、比べれる2つのものの差のことだ。例えば、俺の身長が180 cmだとして(本当はもう少し低いけど)、君の身長が150 cmだとする。そしたら、俺と君の身長の差分は30 cmだ。なにも難しくないよね。

幸福というテーマにおいて差分が重要になるのは、脳神経の仕組みのためだ。人間、というか生物は、あらゆる触覚で、ほんの少し前の過去と現在との差分を検出して認識している。

例えば、大きなステーキ。お腹ぺこぺこでもう待てない。そんな最高のタイミングで目の前に運ばれてきた大きなステーキはどんなに美味しくみえるだろう。香ばしい香りに思わず口の中が潤う。1口目。ほどよい塩気と滲み出す旨味に言葉も出ない。2口目。やっぱり味付けが最高だ。とても美味しい。

ところが、半分を食べきったくらいになるとどうだろう。最初の感動がまるでない。美味しいといえば美味しいけど、目の前にあるから食べているという感覚の方が近い。

君も大人になったらわかるけど、ビールだってそうだ。一番美味いビールってのはいつも1口目だ。大きなジョッキでビールを頼もうものなら、そのうち美味しいとは感じずにただ飲んている自分に気づくはずだ。

差分が幸福に影響するのは食べ物に限らない。例えば住む土地。君が田舎で育ったなら都会にいったときには人間の多さや高い建物に圧倒され興奮を覚えることだろう。そして、都会に住みたいと感じるかもしれない。ところが、住みはじめて少しすると、最初の興奮なんてどっかに消えてしまったことに気がつくんだ。逆にそのうち都会に嫌気がさしてきて、田舎に暮らしたいなんて思うようになるかもしれない。

海外旅行だって同じようなものだ。ヨーロッパを旅行で訪れ、歴史を感じるバロック建築に囲まれて暮らしたいなんて思ったとする。ところがいざ住んでみるとそのうちそのバロック建築たちは当たり前になり感動や興奮を与えてくれるものではなくなっていることだろう。夢の国ディズニーランドだって毎日行っていたら、夢の国ではなくなるはずだ。

差分を検出して認識するという生物の仕組みは、幸福に生きたい人間にとって悲しい事実だ。だって1番美味いビールは最初の1口目なんだから。

とは言え、これを嘆いていたって仕方がない。賢いのはこの差分をうまくデザインして生きることだ。そのための、方法は2つある。

1つ目は、対象を意識的に高い頻度で変える方法だ。食べ物でいえば、おせち料理や寿司、ピンチョスなんかが良い差分デザインだ。例えば、おせち料理はたくさんの種類の料理を少しずつ提供してくれる。だから、食べる人は常に差分を味わうことができる。美味しく幸福に食べるコツは、1つの料理の量を少なくして、たくさんの種類の料理をすることだ。休日の過ごし方も、週ごとに、あるいは土日で変えてみることができる。先週は街でショッピングをしたから、今週末は自然に行こう、とか。といっても、たぶん休日の過ごし方に関しては多くの人が意識せずともこういう風に選択をしていると思う。

この対象を意識的に高い頻度で変える方法は、変えることができさえすれば誰でも差分を感じて幸福を感じることができる。だからこの心がけは持っておいた方がいいと思うけど、現実にはこの方法はいつだってできるわけじゃない。住む場所なんてそんなしょっちゅう変えられない。

そこで2つ目の方法の提案。それは、対象を変えずに、その対象から新しいことを発見する、という方法だ。この達人になることができれば、君は幸福の達人になれたと言っても過言じゃないと思う。

例えば、毎日の通学路。通学路という対象を変えるというのはあまり現実的じゃないかもしれない。でも毎日通る同じ通学路から新しいモノゴトを発見することはできるんじゃないだろうか。例えば、いつも通る花壇に花が咲いたとか、見かけないクロアゲハが飛んでいたりとか、新しく家が建てられていく過程を眺めたり。

例えば、カレーライス。いつもただ美味しいといってすぐに食べちゃうけど、香りに注目してみたら何か新しい発見があるかもしれない。次に食べるときは、いろいろな具材に注目して味わってみたり。

こうやって書くとあまり楽しそうに思えないかもしれないけど、いつもすることになるようなことに赤ちゃんのような好奇心を持ってのぞめば、きっとなにか新しい面を発見できる。職人さんは、この差分のデザインの達人だ。この姿勢を磨いていくことは、幸福の達人になるうえで大切なんじゃないかな。



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