プロフェッショナルの練習量

前回:世間の人生を生き続ける人

2. 仕事

2-4. プロフェッショナルの練習量

仕事には競争がつきまとうことがほとんどだ。サラリーマンであれば数多くの同期や少し上の先輩、少し下の後輩の集団の中で競争に勝たないと出世はできない。組織がピラミッド構造になっているからだ。研究者であれば、その時代ごとにホットな分野というのがあって(いまで言えば脳神経科学や人工知能とか)、そういう研究をするなら同じ分野の研究者よりも先にインパクトのある論文を発表できないと研究費も集まらないし、出世もできない。

競争について考えるために、極端な例としてスポーツの世界をのぞいてみよう。

日本を代表する野球選手にイチローという選手がいる。彼はメジャーリーグという野球の世界最高峰の舞台にまでいき、そこでシーズンの最多安打記録をはじめ数々の記録を打ち立てたスーパープレイヤーだ。まさに競争の世界を勝ち抜いてきた人間といえる。

そんなイチローが野球を始めたのはなんと3歳のときらしい。イチローは3歳から7歳までは1年のうち半分の時間は野球の練習をしていたらしい。小学校3年のときには野球チームに入るも練習量が足りないと感じ、毎日お父さんと野球の練習をしていたらしい。小学校高学年の頃には毎日バッティングセンターに通っていたみたいで、有名なエピソードがある。それはいイチローがそこにあるマシンを打つのが簡単になってしまって、バッティングセンターの管理人がイチロー専用のマシンを用意してくれたというものだ。そんなイチローの小学校の卒業作文を引用してみよう。

僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は三歳のときから練習を始めています。三歳から七歳までは半年くらいやっていましたが、三年生の時から今では三百六十五日中三百六十日は激しい練習をやっています。
だから一週間中で友達と遊べる時間は五、六時間です。そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。そして、その球団は中日ドラゴンズか西武ライオンズです。ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。
僕が自信のあるのは投手か打撃です。
去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、ほとんどの選手を、見てきましたが自分が大会ナンバーワン選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン二本を打ちました。そして全体を通じた打率は五割八分三厘でした。このように自分でも納得のいく成績でした。そして僕たちは一年間負け知らずで野球ができました。だからこの調子でこれからもがんばります。
そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢の一つです。
とにかく一番大きな夢は野球選手になることです。

とても具体的で、夢の実現に相当な努力が必要なことを理解しているし、すでに自信もあふれている。プロ野球選手の中にもイチローほどの努力をしてきた人は数えるくらいしかいないんだろう。だからこそイチローはプロの世界で記録保持者になれるほとの実力を持っている。

もう1人野球選手を紹介しよう。いまニューヨークヤンキースで活躍しているマー君こと、田中将大投手だ。甲子園でも伝説的な試合を演じたけれど、日本のプロ野球でもシーズンを通して24勝無敗という記録をつくった超一流ピッチャーだ。

俺がマー君で驚いたのは中学3年生のときのマー君の選択だ。マー君は高校進学を控える中学3年生のとき、地元関西の名門校からオファーが来ていた。しかしそれを断る。向かった先は北の大地の当時無名校、駒大苫小牧高校。マー君はこのとき、野球選手として自分を最も成長させることができる場所として選んだと後に語っている。高校球児なら誰もがゴールとする甲子園の先を冷静に見据えていたというわけだ。中学生時点でマー君ほど長期的ビジョンを持ちつつ、日々の努力を丁寧に継続できる人は少ないだろう。

最後に紹介したいスポーツ選手はプロサッカープレーヤー、本田圭佑選手だ。いきなりだけど、イチロー選手同様、小学校の卒業文集を紹介する。

ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。だから、今、ぼくはガンバッている。今はヘタだけれどガンバッて、必ず世界一になる。そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれて、ヨーロッパのセリエAに入団します。そして、レギュラーになって、10番で活躍します。一年間の給料は40億円はほしいです。プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人がこのぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰り、ミーティングをし、10番をもらってチームの看板です。ブラジルと決勝戦をし、2対1でブラジルを破りたいです。この得点も兄と力を合わせ、世界の強ごうをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることがぼくの夢です。

どうだろう。イチロー選手と共通して実に具体的じゃないかな。そして、大きな夢を掲げながらも、その実現には並外れた努力が必要なことを理解し、小6にしてすでに自信を得るだけの努力をしている。

本田圭佑選手は、瞬発力が決して高くないと言われている。実際、中学3年生のときにはプロクラブチームの下部組織であるガンバ大阪ユースへの昇格を認めてもらえなかったんだ。本人も大きな挫折だったと語っている。それでも彼は代わりに進学した星稜高校を全国ベスト4に導き、プロ入りを果たす。けれどオランダに移籍後、なかなか点をとれずにまた挫折を味わうんだ。それでまた自分の性格を変えて得点を量産し日本を代表する選手になっていく。そして、 日本代表のリーダーとして南アフリカWカップに出場する。その大舞台で卒業文集通り世界の度肝を抜く大活躍で日本を決勝リーグに導くんだ。その後、ビッグクラブに移籍かなんてメディアは騒いだんだけど、本田選手はロシアの名門クラブに移籍する。世間はがっかりしていた。けれど本田選手はその厳しい土地でまた自分を鍛え上げ、ついに卒業文集に記したセリアAの名門クラブであるミランに移籍を果たすんだ。ちょっと熱くなっちゃたけど、ここまで有言実行できる人を俺は知らない。

競争を考えるうえで最後にのぞいてみたいのは音楽の世界だ。音楽の世界はスポーツ以上に厳しい競争のうえに成り立っているんじゃないかと思う。ここでエリクソンという人の行った研究を紹介しよう。

エリクソンは超一流や天才と呼ばれる人たちの秘密を明らかにしようとしている研究者だ。エリクソンはベルリン音楽アカデミーという一流の音楽学校の学生を調査した。まず、その学校の先生にバイオリンを学ぶ学生を3つのグループにわけてもらった。

1番目は世界的な演奏家になれると期待されるスターグループ。2番目は、優れていると評価されるに留まるグループ。3番目は、プロになるのは厳しく公立学校の先生を目指すグループだ。次に、学生にはじめてバイオリンを触ってから今までの総練習時間の平均を調べた。すると、3番目の先生グループは総練習時間が4,000時間だったのに対し、2番目の優れたグループは8,000時間だった。そして1番目のスターグループはなんと10,000時間に達していた。ピアニストを目指す学生でも同様の結果だったらしい。

エリクソンは生まれながらの天才を見つけられなかった。少ない練習時間でスターグループに入れた学生はいなかった。逆にものすごい練習時間なのにスターグループに入れなかった学生もいなかった。

つまりこの研究で驚きなのは、音楽学校に入ったまだ20歳くらいの時点で、それまでの人生での総練習時間の差がすでにその後プロとして音楽を続けていけるかを決定している可能性があるということだ。

これまでイチロー選手、マー君、本田圭佑選手、そして音楽アカデミーの学生を紹介してきた。仕事における競争の凄まじさを感じてもらえたと思う。

俺はこういう例をみせて、なにも君に「超頑張るんだ!」なんて伝えるつもりはちっともない。というより、実は競争をがんばらないことを勧めたいんだ。

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