未来の月

異世界転生俺TUEEEを目指してなんとなく生きてる探求者。 悟り、神秘行に関する話をし…

未来の月

異世界転生俺TUEEEを目指してなんとなく生きてる探求者。 悟り、神秘行に関する話をしています。

最近の記事

冒険

 冒険は先が読めないことが条件になる。先が読めたらそれは冒険ではない。  予測が立つようなものは作業であって冒険ではないのだ。ただしこれは冒険が作業よりも価値的に上だと言いたいわけではないので注意して欲しい。  そもそも価値判断には上下は無いので、野球の方が模型作りよりも趣味として高尚だとかいう事は有り得ない。  そして神秘修行はその意味で必ず冒険になる。  冒険でなければ神秘修行ではないとさえ言い切れる。  だから弟子の不安が危険水準に踏み込んだ瞬間にグルは掌を反すわけなの

    • 「エゴ」でも「我」でもなんでもいいけど2

       いつもの一発書きで、しかも時間が無いのでわかりにくいかも知れない。  完成した自我とは内的に自己の存在の根拠を知り、自己の限界と世界の有り様とを知っている。それ故に自分の限定状況を冷静に見定めて理解している。  つまり自我の存在自体が現在の限定状況を生み出していることを理解している。  だから自我を消滅させることが解答になると知っている。  この時に2つの方向がある。1つは過去に戻ること。アキレスになることで、もう一つは現在レベルの自我を乗り越えて進むこと。こちらについて

      • 信じるということ

         一番重要なテーマの1つだと思う。書く前からちょっと緊張する。  ところで私のnoteはどれも一発書きで、ほとんど全体が書き上がってから細部を手直しするという方法で書いている。  つまり前もって細かいことを考えているわけではないので、書きながら思い付いたことを織り込んでいくスタイルだから、話がふらふらとあっちこっちを彷徨ってしまう。  読んでくれている人には苦労をかけるけれども、勘任せのこのやり方の方が納得がいくものが仕上がるのだから仕方がない。  そういうわけで「信」という

        • 力の植物

           ずっと書きたかったけれど避けていた話です。 「脳味噌の話」に続く第2弾ということで読んでください。  何が麻薬かを決めるのは文化なので、その文化の価値判断で良し悪しが決まるんだけれども、ヘロインとアルコールが最悪の麻薬だというのは断言できると思う。  ただ、アルコールは大抵の社会で一般販売されているので、それがどれだけ碌でもないものかという認識を持っている人は少ないだろうとも思う。  アルコールにはメリットというか、長所が全く無いのだ。精神を拡張する力はほとんど無いくせに

          「エゴ」でも「我」でもなんでもいいけど

           スピ系の世界とか日本の禅宗とか、その界隈を見ていると「エゴ」とか「我」とかその辺をとにかく抹殺しよう、抹殺しよう、問題点はそこだ! みたいな傾向を非常に強く感じる。  その所為か「エゴ」という言葉には悪いニュアンスが含まれている感じがある。  スピでも精神系でもその手のwebを見ていても、いいニュアンスで使われているのは見たことがない。  その事について少し書いておきたい。  先ず最初に言葉の問題。それを「エゴ」と言おうが「我」と言おうが、発言者の意図がはっきりしてれば内容

          「エゴ」でも「我」でもなんでもいいけど

          脳味噌の話

           以前にもツイッターで紹介した『人間仮免中』と『人間仮免中つづき』に、重度の統合失調症がどれほど凄じいかということが描いてある。  その中で幻覚の話が出てくる。  入院中のベッドの脇に、筆者の卯月さんの母親と祖母が座っていて、その2人とごく普通に会話もできるのだが、卯月さんは、それは幻覚だという自覚をしっかりと持っているというシーンだ。  一方、眼光輝く女神アテナは、アキレウスの頭を押さえつけて「アガムメノンを殺してはならない」と命じたそうだが、少なくともこれはアキレウスにと

          脳味噌の話

          しつこく行法の話

           どの行法が自分に合うかという事は実は見極めるのがかなり難しい。難しすぎると言ってもいいと思う。  色々な徴候というか兆しというか、そういうものを運良く(注意深くではない)というか、因縁的に拾っていった先にその判断が現れるので、そう簡単には決められない。  かと言って「では、徹底的な観察と熟慮の果てにその判断が出てくるのか?」と質問されたとしたならば「それはない」とはっきり言える。  言えてしまうところがまた問題で、要するに「わかるときはわかるし、わからんときはわからん」しか

          しつこく行法の話

          魂の浄化・ゴミ掃除方法(初心者向け)

          魂のゴミって何? 魂のゴミとは、言い換えればストレスによって生じるネガティブなエネルギーです。  ストレスが溜まることで魂にゴミが溜まることになります。  願望を実現し、充実した人生を送るためには、自分の本当の願望を知る必要があります。  しかし日々の生活の中で、魂にゴミがたくさんこびりつき、本当の願望がわかりにくくなっているものです。  自分本来のものではない間違った願望を持つことで、願望が叶わない、人生が上手くいかないのです。  人間、生きている以上、ストレスとは無縁では

          魂の浄化・ゴミ掃除方法(初心者向け)

          ごく大雑把なタントラ仏教系ヨーガの話

           仏教はブッダ入滅して数百年後に大乗仏教が分派として出て来たけれど、その布教市場をどうも社会の中・上流以上に頼っていたらしい。  一方のヒンズー教は農村社会にがっちり食い込んで凄じい早さで拡がっていった。  ヒンズーと仏教のマーケット争いはあれよあれよという間にヒンズーの側に傾いて行ったのだけれど、これはまあ「現世は全て無常なる糞」だという仏教と、ごく普通に現世利益を掲げるヒンズーでは最初から勝負は見えていた気がしないでもない。  劣勢を逆転するべく仏教はタントラとか性ヨーガ

          ごく大雑把なタントラ仏教系ヨーガの話

          超アバウトなヨーガの話

           あんまり情報が広まっていない感じなので、知っている限りでヨーガについて書いておくことにする。  誰かの役に立つかも知れないので。  と書いてもどこから書いたらいいのか……。  まず現代のヨーガの事から書くと、インド政府がインストラクター養成とかやってたりするいわゆる今広まっているヨーガは、ここ100年くらいで成立したものだ。  それには色々な事情があって、あの有名なヴィヴェーカナーンダがこの問題を生み出した主犯だったりするのだけれど、その話は余談みたいなものなので今回は省く

          超アバウトなヨーガの話

          覚者に会ってきました

           知人を介して覚者に会ってきた。以下Aさんとする。  予想通りAさんは見た目は全く普通の人で、坊主頭に糞掃衣を着ていたりするわけではなかった。  けれどそんなのは今までの経験からわかっていたし、その点については全く驚きはなかった。  インドでは覚者のことを生前死者とも言う。生きたまま死んだ者という意味だが早い話がゾンビみたいなものだと思えばいい。  映画の中ではゾンビと人間の見分けは簡単に付くけれども、現実には誰がゾンビで誰が人間かの区別を付けるのは中々難しい。というか見ただ

          覚者に会ってきました

          才能は残酷だという話

          才能は残酷だ。理由が無いから。 持てる者と持たない者という現実だけがあるのが才能だ。 前回書いた視覚化の話にしても、生れつきの霊視能力を持つ人がいる一方で、ヒーヒー言って修行しても全然視覚系の開花が無い人がいる。 本人的には悲しい話であり、悔しい話なのだが、その悲しいついでにおかしい話(怪しいとも言える)を書こうと思う。 つまり自分が興味の無い分野に才能が有った場合だ。 例えば瞑想系の修行がやりたくて憧れて、座禅に進んだが全く才能が無く(適合性が無く)、興味も無いし好き

          才能は残酷だという話

          方法それぞれ

          行法について、の補足です。 私のツイッターを知り合いが見ていて、「視覚系を捨てるというのはどうかと思う」と疑念を呈してきた。 どうもwebを見てると視覚系に自信が無いとか、弱いとか言っている同志達が多い印象なので少し考えを書いておきたい。 最初に結論から言うと視覚系が駄目でも大丈夫。到達できる。 ただし問題はそれでスクールの選択肢が狭まるということだ。 つまり選べる門派に制限が出てくるということ。 何故かと言うと、神秘修行は(散々選択の双方向性を書いてきて何だが、一応自

          方法それぞれ

          心と世界とエネルギーと引き寄せの法則03

          最後に肉体を持たない存在達全般について。色々なのがいるけれども、概して連中は人間の出す感情のエネルギーを食う。というかあっち側はエネルギーが全ての世界であり、更に深く見ていくと何もかもがエネルギーになる。エネルギーしかない。無いということは無い。というか「ある」だけが圧倒的に無限にあってそれに粒子分解されそうになってそこで縋ってみたのが「無い」でしたみたいな感じだ。「ある」を表現するための一つのテクニックが「無い」なのだと言ってもいい。だから「無」は作為的なんだと言える。自然

          心と世界とエネルギーと引き寄せの法則03

          心と世界とエネルギーと引き寄せの法則02

          次に死後の世界。これは思ったようなのが存在するというか、そういうエリアがあるというかそんな感じ。そういう意味では天国も地獄もある。 ここで注意を促したいのが上で書いた民族や信教などのグルーピングで、多数の人が信じていて、しかも歴史が積み重なっているものには大きなエネルギーがあるということだ。 だから自分が特定の宗教システムを信仰していた場合、そのシステムの教典やら何やらが述べるところの状態に巻き込まれてしまう可能性が高い。 つまり天国があると言うよりも、どこかの宗教団体が信

          心と世界とエネルギーと引き寄せの法則02

          心と世界とエネルギーと引き寄せの法則01

          (前置き)長くなったのでいくつかに分割してます。 霊能者によって言っていることが違ったりするのはなんでだろうと昔から疑問だった。 先に結論から言うと、霊能者達が言っていることは基本的に全て正しいのだと今は考えている。 もちろん霊能者が嘘を吐いていたりインチキだったりする場合は例外だけれども、それ以外に関して言えば、基本的に霊能者の言う内容は全部正しいのだと思う。 客だって馬鹿ではないのだから霊能者はきちんと見ようとするし、見えた結果を(凄い祟りなどの大きな問題がある場合は

          心と世界とエネルギーと引き寄せの法則01