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タクシードライバーのブルース

「どちらになりますか」

「ありがとうございます」

「いや〜、ありがたいですよ。今日は人出も少なくて」

同業者でごった返した道路を、車は慎重に動き出した。

「車内の温度はいかがですか」

いや〜今日も暑かったですよね〜
こんな日は、みんな早目に帰っちゃうのか、ススキノはガラガラですよ。

そうなんですね… 実はね、私、こう見えて昔、会社をやってましてね。
えっ、そうそう、会社を経営してたんですよ。
小さな会社ですけどね。
その会社、潰れちゃって。会社…

まあ、昔の話ですけど。
それからタクシーに乗って随分と経ちますよ。
けっこうこの仕事、気に入ってます。
私に合ってたんでしょうね。

私らの仕事は、季節の移り変わりが誰よりも一番、分かるんですわ。
日の出、日の入りなんかが誰よりも早くに分かりますからね。
あぁ、この時間にはもう明るくなって来たな。
夏は近いな、とか。
段々と遅くなって行くのを感じると、あぁ
、今年の夏もそろそろ終わりだな〜とかね。

そんな生活が、けっこう気に入っとるんですよ。

だからね。あの頃より今の方が気に入ってます。

今の若い人達には分からんかもしれませんね。だって。お金は全然無いですから。私ら。
今はお金でしょ!
儲からなきゃ誰もやりたくないんでしょう。

ホント、夏の夜明とかキレイなんですけどね〜


長いこと、夜明けの空にはお目にかかってない。
少しだけ、恋しくなった。
その後も話は続いた。だんだんと声が遠のいて行く。
ぼんやりと聞きながら、静かに目を閉じた。

#小説 #短編 #ショーストーリー #夜明け #タクシー #夏 #エッセイ


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