マガジンのカバー画像

【作品】ここだけのお話(だいたい無料)

48
詩作品/エッセイ/書評ほか(note限定で公開、雑誌からの転載含む)
運営しているクリエイター

記事一覧

人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

 クラウドメモに日記をつけはじめたのは一年前のこと。日々の出来事を記録するためだったが、次第にコロナ禍の「見えない不安」が日常を侵食しはじめた。昨年四月の緊急事態宣言以降も、私は日記を書くことを止めなかった。頭に浮かんだのは、二〇一一年春の震災直後の東京。当時の私は大学進学で上京したばかり。余震と放射能漏れに怯えた日々を克明に記録できたなら、貴重な読みものになったに違いない。災禍に呆然として過ごし

もっとみる
パラレルワールドのようなもの

パラレルワールドのようなもの

新宿の雑居ビルの地下に
足踏みペダル式のアルコール噴霧器が
ひとりきりで佇んでいる。
地下の階段はひんやりと空気が冷たい。
こんな人気のない場所にも置かれているのか。
傷んだブーツのつま先でペダルを踏めば、
プシュウ……と勢いよく消毒液が噴射され、
長い余韻と共に、飛沫が床一面をしっとりと濡らした。
差しだしたはずの手が、足が、身体ごと消えていた。
心音もない奇妙な静寂に、私はただ濡れている床を見

もっとみる
神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

*2016年11月に執筆したエッセイです。

 黒い服を着た女性の端正な横顔の写真。ふしぎな表紙の本、と思って手に取ると、アルバムだった。歌のCDと、エッセイが収められているらしい。『神様ごっこ』? その場で試聴した歌に妙に惹かれた。柔らかな抑揚で結ばれていく韓国語の歌声が、秋の始まりにぴったりだと思った。

 夜、家で彼女の歌を聴きながら、付属冊子のエッセイを読み始めた。作者のイ・ランは一九八六

もっとみる
終わりのない回遊魚たちへ

終わりのない回遊魚たちへ

 友人が会社を辞めてフリーランスになった。上昇志向の彼は、度々業界への不満をこぼしていたし、彼が「無能」呼ばわりする上司への愚痴を聞かなくて済むと思うと、異業種の私までホッとした。さっぱりした様子の横顔に「職場の人間関係しんどそうだったもんね」と話を振る。すると、「決定的な理由は実は違って。初めて仕事のストレスで体調を崩したから」と切り出された。退社までの数週間、胃炎で一時通院していたらしい。

もっとみる
アウェイ上等、スルーしない覚悟のマイライフ

アウェイ上等、スルーしない覚悟のマイライフ

「その気持ち、シェアしよう」と呼びかけてくるFacebookのホーム画面に萎える。シェアできるお気持ち、ねーから。そういえば、某青春ドラマの「オメーの席ねーから!」という過激なセリフが流行ったのは二〇〇〇年代後半のことだった。通学バスの最後尾を陣取り「席ねーから!」「ねーから!」と爆笑する女子集団から逃れ、高校一年の私は二つ折りの携帯電話をお守りのように握りしめていた。

 当時何より恐れていたの

もっとみる
名もなき時間を歩く

名もなき時間を歩く

 日記を書き続けている。「これを書いて何になるのか」という疑念はとうに尽き果てた。未整理な日々の記録がクラウドメモに積もっていく。考えてみて欲しい。二〇一〇年にスタートした『一〇年日記』のうち、二〇二〇年に無事たどり着いたものはいったい何冊だろうかと。日記の持ち主は、地震にもウィルスにも負けず、元気に三日坊主している。そう信じよう。

 オンライン会議中、仕事相手のこんな話が気になった。「緊急事態

もっとみる
寝言に耳をかたむけて

寝言に耳をかたむけて

(*1回目の緊急事態宣言解除が発表された、2020年5月24日に執筆したエッセイです)

 今年、母校の大学は入学式の中止を発表した。当然のことのように受け流そうとしたけれど、この春上京した学生の心境が気がかりだ。十年前、二〇一〇年入学予定の私たちは、mixiで知り合い、入学式の朝に校門で待ち合わせた。それっきりの繋がりだった。今年の新入生もZOOMの画面越しに挨拶をして、やはり「それっきり」なの

もっとみる
不安との付き合い方を考える

不安との付き合い方を考える

 二月某日、町のドラッグストアの前を通りかかると、入荷のトラックの横に客が並びはじめた。行列は瞬く間に隣の二店舗まで侵食していく。見慣れない光景に動揺しながら駅に向かえば、改札手前で力尽きたのか、大量の荷物をおろしてへたりこむ女子高生の集団に遭遇。突然の休校に、まだ呆然としているようだ。箱ティッシュを手に提げて電車に乗る学生たちの姿も目撃した。

 新型コロナウィルス流行の影響で、紙製品や一部食料

もっとみる
【エッセイ】決めたくない女

【エッセイ】決めたくない女

すっかり春らしくなりましたね。
今日書いた文章(ひさびさに恋愛がテーマの掌編/エッセイ)。
色々と思うところはあるけれど、書き終えると、ひとまず気が済んでしまう。気分はとても落ち着いています。



仲間内で制作中のzineのために、今日書いた掌編です。
ただ刊行が遅れる可能性が高く、そうなると大幅に書き直すだろうと思ったので、こっそり載せておきます(内容はそのままだったとしても、掲載のために多

もっとみる
自分自身の声を取り戻すために――『82年生まれ、キム・ジヨン』『私たちにはことばが必要だ』書評

自分自身の声を取り戻すために――『82年生まれ、キム・ジヨン』『私たちにはことばが必要だ』書評

話題沸騰の書『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)・『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス)の書評を、週刊読書人2月22日号に執筆しました。
https://dokushojin.com/article.html?i=5061

緻密なエピソードが魅力のフェミニズム小説、かたや熱い文体で繰り出される啓蒙の書。どちらも韓国発の話題の書です。
ウェブで全文読めますので、

もっとみる
00:00 | 00:00

クリスマスの詩です🎄🌠

〈大人になったわたしたちの枕元に
日々を運んできてくれるのは
いったい誰のしわざ?〉

詩「贈りもの」文月悠光

*「婦人之友」2018年12月号掲載のミヨシ石鹸さんの広告に執筆🎁
毎月、裏表紙広告欄に〈洗う〉をテーマに詩を書き下ろしています✍️

過去の詩は、ミヨシ石鹸さんFacebookページでも公開中🌠
https://www.facebook.com/mi

もっとみる
【劇中詩】この街へ来たことが正しく思えるように

【劇中詩】この街へ来たことが正しく思えるように

この街へ来たことが
正しく思えるように
私はわたしを演じてきたんだと思う。
ありのままの私じゃ誰も欲しがらないから
鍵をかけて、その場所をあとにした。
それでも私は
ほんとうの名前を忘れたことはなかった。

いつか きみは
きみ自身を取り戻せるだろうか。

羽ばたきの数だけ
わたしの嘘は増えていった。

誰でもよかった。
わたしがいなくても
誰かがわたしを演じてくれる。

失う勇気もないくせに

もっとみる
天秤座の恋愛詩のつくり方

天秤座の恋愛詩のつくり方

占いコラムサイト「ココロニプロロ」の連載〈12星座の恋愛詩〉では、毎月、各星座を主人公にした恋愛詩を綴っています。

その連載と連動する形で始まった、新マガジン『「12星座の恋愛詩」のつくり方note』。今回は「天秤座の恋愛詩のつくり方」と題して、天秤座に宛てた恋愛詩「風吹く理由」の制作の裏側についてお届けします!

「星座占い×恋愛×詩」…このどれかに興味のある方には、きっと楽しんでいただける内

もっとみる
乙女座の恋愛詩のつくり方

乙女座の恋愛詩のつくり方

占いコラムサイト「ココロニプロロ」の連載〈12星座の恋愛詩〉では、毎月、各星座を主人公にした恋愛詩を綴っています。

その連載と連動する形で始まった、新マガジン『「12星座の恋愛詩」のつくり方note』。今回は「乙女座の恋愛詩のつくり方」と題して、乙女座に宛てた恋愛詩「片恋の地平線」の制作の裏側についてお届けします!

「星座占い×恋愛×詩」…このどれかに興味のある方には、きっと楽しんでいただける

もっとみる