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【作品】ここだけのお話(だいたい無料)

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詩作品/エッセイ/書評ほか(note限定で公開、雑誌からの転載含む)
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#エッセイ

人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

人生を「逆算」しないーー29歳と30歳のはざまで

 クラウドメモに日記をつけはじめたのは一年前のこと。日々の出来事を記録するためだったが、次第にコロナ禍の「見えない不安」が日常を侵食しはじめた。昨年四月の緊急事態宣言以降も、私は日記を書くことを止めなかった。頭に浮かんだのは、二〇一一年春の震災直後の東京。当時の私は大学進学で上京したばかり。余震と放射能漏れに怯えた日々を克明に記録できたなら、貴重な読みものになったに違いない。災禍に呆然として過ごし

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神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

神様の存在を信じたくなるとき――イ・ラン『神様ごっこ』について *追記あり

*2016年11月に執筆したエッセイです。

 黒い服を着た女性の端正な横顔の写真。ふしぎな表紙の本、と思って手に取ると、アルバムだった。歌のCDと、エッセイが収められているらしい。『神様ごっこ』? その場で試聴した歌に妙に惹かれた。柔らかな抑揚で結ばれていく韓国語の歌声が、秋の始まりにぴったりだと思った。

 夜、家で彼女の歌を聴きながら、付属冊子のエッセイを読み始めた。作者のイ・ランは一九八六

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終わりのない回遊魚たちへ

終わりのない回遊魚たちへ

 友人が会社を辞めてフリーランスになった。上昇志向の彼は、度々業界への不満をこぼしていたし、彼が「無能」呼ばわりする上司への愚痴を聞かなくて済むと思うと、異業種の私までホッとした。さっぱりした様子の横顔に「職場の人間関係しんどそうだったもんね」と話を振る。すると、「決定的な理由は実は違って。初めて仕事のストレスで体調を崩したから」と切り出された。退社までの数週間、胃炎で一時通院していたらしい。

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アウェイ上等、スルーしない覚悟のマイライフ

アウェイ上等、スルーしない覚悟のマイライフ

「その気持ち、シェアしよう」と呼びかけてくるFacebookのホーム画面に萎える。シェアできるお気持ち、ねーから。そういえば、某青春ドラマの「オメーの席ねーから!」という過激なセリフが流行ったのは二〇〇〇年代後半のことだった。通学バスの最後尾を陣取り「席ねーから!」「ねーから!」と爆笑する女子集団から逃れ、高校一年の私は二つ折りの携帯電話をお守りのように握りしめていた。

 当時何より恐れていたの

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名もなき時間を歩く

名もなき時間を歩く

 日記を書き続けている。「これを書いて何になるのか」という疑念はとうに尽き果てた。未整理な日々の記録がクラウドメモに積もっていく。考えてみて欲しい。二〇一〇年にスタートした『一〇年日記』のうち、二〇二〇年に無事たどり着いたものはいったい何冊だろうかと。日記の持ち主は、地震にもウィルスにも負けず、元気に三日坊主している。そう信じよう。

 オンライン会議中、仕事相手のこんな話が気になった。「緊急事態

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寝言に耳をかたむけて

寝言に耳をかたむけて

(*1回目の緊急事態宣言解除が発表された、2020年5月24日に執筆したエッセイです)

 今年、母校の大学は入学式の中止を発表した。当然のことのように受け流そうとしたけれど、この春上京した学生の心境が気がかりだ。十年前、二〇一〇年入学予定の私たちは、mixiで知り合い、入学式の朝に校門で待ち合わせた。それっきりの繋がりだった。今年の新入生もZOOMの画面越しに挨拶をして、やはり「それっきり」なの

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不安との付き合い方を考える

不安との付き合い方を考える

 二月某日、町のドラッグストアの前を通りかかると、入荷のトラックの横に客が並びはじめた。行列は瞬く間に隣の二店舗まで侵食していく。見慣れない光景に動揺しながら駅に向かえば、改札手前で力尽きたのか、大量の荷物をおろしてへたりこむ女子高生の集団に遭遇。突然の休校に、まだ呆然としているようだ。箱ティッシュを手に提げて電車に乗る学生たちの姿も目撃した。

 新型コロナウィルス流行の影響で、紙製品や一部食料

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【エッセイ】決めたくない女

【エッセイ】決めたくない女

すっかり春らしくなりましたね。
今日書いた文章(ひさびさに恋愛がテーマの掌編/エッセイ)。
色々と思うところはあるけれど、書き終えると、ひとまず気が済んでしまう。気分はとても落ち着いています。



仲間内で制作中のzineのために、今日書いた掌編です。
ただ刊行が遅れる可能性が高く、そうなると大幅に書き直すだろうと思ったので、こっそり載せておきます(内容はそのままだったとしても、掲載のために多

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自分自身の声を取り戻すために――『82年生まれ、キム・ジヨン』『私たちにはことばが必要だ』書評

自分自身の声を取り戻すために――『82年生まれ、キム・ジヨン』『私たちにはことばが必要だ』書評

話題沸騰の書『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)・『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス)の書評を、週刊読書人2月22日号に執筆しました。
https://dokushojin.com/article.html?i=5061

緻密なエピソードが魅力のフェミニズム小説、かたや熱い文体で繰り出される啓蒙の書。どちらも韓国発の話題の書です。
ウェブで全文読めますので、

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17歳のわたしへ。この夏で27歳です。

17歳のわたしへ。この夏で27歳です。

明日から長月。新学期が始まる中高生の子たちのことを思って過ごした。
大人は「諦(あきら)めるな」「頑張ればできる」と、あなたへ言うかもしれない。あなたが苦しんでいる最悪なときに。でも、諦めたことのない大人なんていません。みんなちゃんと、色んなことを諦めて「大人」になっています。
 
「あのとき諦めなければ…」と弱い大人は無意識に後悔しています。だから若いあなたを見つけると、余計な励ましの言葉をかけ

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身体の「選び方」/他人の身体にときめく

身体の「選び方」/他人の身体にときめく

前回の記事を単体で購入された方が数名いて、忍びない気持ちになったので(2000字のために400円払って貰ったことが気詰まりなのである)、罪滅ぼしとして、追記を書くことにした。

「身体で通じ合える相手」というタイトルを見て、「もしや〈身体の相性〉的な内容を期待した方がいるのでは……」と更新後に思い至り、その観点で読み返してみた。
すると、「身体で通じ合う」ことの材料が「並んで歩く」のみだったので、

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距離を置くこと、「忘れる」こと。

距離を置くこと、「忘れる」こと。

一昨日の夜から妙に熱っぽくてだるい。昨夕測ったら、やはり微熱があった。
いつもなら構わず仕事をするけど、珍しく「もう今日は仕事しない」と決めて、布団にこもっていた。
新刊のエッセイ集。著者としての作業が終わり、あとは刊行を待つばかり。
2/16(金)に発売記念イベントも決まり、順調に席が埋まっていっているようです。ありがたい(第2弾も企画中だよ)。

年明け初めてのnote。どんな一年にするか、タ

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生まれ直すために――「別れ」について

生まれ直すために――「別れ」について

 桜が散ってしまう前に読んで欲しいお話です。
「詩と思想」2017年3月号に、〈別れ〉をテーマに書き下ろしたエッセイです。

 私はいつも言葉を探す。
 私に「私」という、魂の重さを与えてくれる言葉を。

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   生まれ直すために

 毎年桜の花を見るたびに、涙を思い出す。別れのときに流した涙のことだ。

 満開の桜を眺めていると、宇宙や遠い

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