【連載・番外編】女磨きの迷宮へ

cakesで連載中の〈臆病な詩人、街へ出る。〉第5回「ガラスの靴を探して」の番外編を、写真と共にお届けします。
本編第5回の無料公開は3/22(火)まで。この記事とセットでご覧ください。
https://cakes.mu/posts/12476

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 美容記念日に寄せて書き下ろした詩「うつくしい生活」。この詩の朗読をラジオで聴かれたエステサロンの店長さんが、エステのチケットを送ってくださった。美容に疎い私は、エステなんて無論行ったことがない。
 〈酵素フェイシャル ベーシック トリートメント60分〉。フェイシャルってことは顔だよな……と思いながら、お店のホームページをチェックする。

酵素フェイシャル ベーシック 60分 ¥13,000
肌診断, フットバス, マッサージ20分(フェイス・ネック・デコルテ),酵素パック

 一字一句から放たれる「得体の知れなさ」が凄まじい。肌診断とは? そもそも酵素って、なんだろう。パンに入れるとふっくらする感じの……いや、それは酵母だ。〈うつくしい生活〉はなんて遠いのだろう、と頭を抱えた。

 さて2月某日。私は六本木ヒルズ内のエステサロンに恐る恐る足を踏み入れた。わあ……と思わずため息が漏れた。輝かしい空間いっぱいに花の香りが匂い立つ。まぶしい、まぶしすぎる。

「普段、お手入れはどんなことをされていますか?」
私が記入したアンケートに目を通しながら、真っ白な施術着姿のキレイなお姉さんが問いかける。
「お手入れ」という表現に立ち止まる。お手入れって、庭木の水やりとか、エアコンのフィルター掃除のことだと思っていた。肌も「お手入れ」が必要なのか……。

 身体の悩みは? 食生活で気をつけてることは? 普段の睡眠時間は?
 はじめは自分の不摂生が恥ずかしく、下を向いていた私だったが、質問を受け続けるうちに妙に開き直っていった。自分が田舎者であることはバレバレなのだから、取りつくろうのも無駄であろう。
「冷え性の方は便秘される方が多いんですよね。だいたい何日くらい出ないことが多いですか?」という質問にも、「えーっと、○日くらい……」と正直に答えてしまう。

 フェイシャルエステの効果については、「皮脂が落ちて化粧水が滲みやすくなります」とのこと。肌がきゅーっとスポンジのように化粧水を吸い込むさまを思い浮かべる。

 そんな待ち時間にいただいた〈酵素がたっぷり入ったスペシャルドリンク〉。あれ? 結局、酵素ってナニモノなんだろう……。

 施術中は、徹底された〈おもてなし〉の精神に圧倒された。マッサージを受けて緊張が解けたのか、次第に眠くなる私。エステティシャンの女性は、酵素のパックを私の顔や肩に塗ると、黙って施術室を出ていった。なるほど。仮に「お待ちください」と声をかけられては、意識が現実に引き戻されてしまう。声をかけないのが正解らしい。さすがだ。おかげで身も心も休まった。

 施術後に通されたのは、ピンク色の壁が印象的なパウダールーム。化粧台の引き出しには、色とりどりのアイシャドウ。こんなお姫さまのような空間、夢のようだ。だが、鏡を見てはっと我に返った。映っているのは、地味な女の素顔。施術中に髪をひっつめていたせいで、前髪がぴょこんと跳ねている。

 鏡の前でひとしきり考えた。ネットや雑誌は「女を磨く」ことについて様々な情報を発信する。目を大きく見せるメイク、ダイエット、バストアップ、くびれのつくり方、むくみを取る方法、肌を若く見せるには……etc。雑多な情報と、そこにかけるべき労力を知るほど、それは果てしない迷宮と化していく。

 迷宮はできるだけ遠ざけておきたい。たとえば「好きな人を振り向かせるために痩せてきれいになった」というのは、わかりやすい美談ではあるけれど、そうした努力を、私はどこかで「気味が悪い」と思ってしまう。「きれいになる」には、死ぬ気の覚悟や、外部の目的がないとダメなのだろうか。

 私の顔は決して美しいとはいえない。鼻は低いし、額は狭いし、既存の美しさや、黄金比というものを大きく欠いている。ここから「きれいになる」なんておこがましい。せいぜい自分の中での「普通」を保つのが精一杯だ。

 私の悩みは、乾燥肌でも、冷え性でもなかった。どうしたら「きれいになりたい」と思う自分を認められるのだろう――。そんな根源的なところで、足踏みをしているのだ。

 パウダールームの鏡を見て、私はつい苦笑いした。なんとか、なんとかしなくては……。しぶとく跳ねる前髪を、右手でピシャリと押さえつける。ああ、〈うつくしい生活〉はまだまだ遠いようだ。

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果たして、文月は〈うつくしさ〉の正体をつかまえられるのか……。
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cakes連載〈臆病な詩人、街へ出る。〉
▶︎第5回 ガラスの靴を探して
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コメント3件

「うつくしい生活」を聴きながら耳と頭が同期するのに驚き、うれしく、思わず2回聴きました。
ただ2回とも「蛇口」をひねるあたりから霧の中に入る心地がします。「よをためる」について私の理解が追いつかないせいです。これは「夜」をためる、でしょうか。
ミオールさん、コメントありがとうございます。朗読をお聴きいただけて嬉しいです。「蛇口をひねって、湯をためる」です。滑舌が悪くて、すいませんm(._.)m
湯をためる、ですか。霧が晴れました。ありがとうございます
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