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【連載・番外編】不敵な女優と、臆病な詩人のボクシング体験

 cakesにて連載中の〈臆病な詩人、街へ出る。〉。こちらnoteでは、連載の番外編を写真と共にお届けします! 本編と合わせてお楽しみください◎

▶︎第8回 鏡の向こうにストレートを一発 ※6/16(木)まで無料
https://cakes.mu/posts/13199

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 恋愛音痴( https://cakes.mu/posts/12949 )克服のため、ボクシング挑戦を決意した私。

「ボクシングとエクササイズを組み合わせた『ボクササイズ』なんて女性に人気みたいですよ」と担当編集者のN氏。
 ボクササイズ。キラキラした響きを帯びたワードである。エアロビクスのようなものだろうか。

「一緒に行ける人はいますか?」と尋ねられ、女優の細川唯さんのことが思い浮かんだ。
 彼女と出会ったのは3年前。ミスiD2014というオーディションの選考会場で、皆がアイドルらしく着飾る中、彼女は金太郎の真っ赤なよだれかけをまとっていた。
 前髪オンザ眉毛の強烈な髪型と、不敵な笑み。当時はそんなファンキーな印象に気圧されたが、今では月に一度ご飯に行く仲だ。
 最近ジム通いを始めた彼女は、運動への意欲が高まっているはず。
 早速、彼女に「ボクシングの体験レッスン、興味ある?」とラインを送ると、予想通り「行きたい!」というお返事。

 ただし「エアロビはやらなくていい。とにかくパンチがしたい」と言う。

「最近『誰でもいいから殴りたい』ってつぶやいている自分がいてさ……」。

 危険すぎる。彼女が誰かを殴り出す前に、ボクシングジムへ連れて行かなくては……。わけのわからない責務にかられ、私は都内のボクシングジムの情報を物色し始めた。

 体験日当日の夕方、興奮した様子の細川さんから電話がかかってきた。

「あのね、あのね、ふづきさん……!」

ただならぬ様子に、こちらも「どうしたの」とやや緊張する。

「表参道のお店の指輪が、すごーく素敵なの。まだ買うか迷ってて。
遅れそうだから、先にジムに行っててね!ごめん!」

 うっとりする。友達との約束より指輪。彼女のそんな衝動的な部分が、臆病な私にはなんとも魅力的なのだ。なんだか羨ましいな、と思いながら、電話を切った。

 ボクシング体験では、身体能力の乏しさに向き合わされることになった。運動神経が欠落している私には、過酷な状況が続く。
 利き足と逆の左足のキック練習は難しく、踏み出し方すらわからなくなる。思った通りにパンチやキックを打ち込むことができたら、さぞや快感なのだろう、と残念に思う。
 小柄な身体に、長方形の大きなクッションのようなもの(ミット)を両手にはめた自分の姿は、鏡で見てもアンバランスで弱々しく、似合っているとは言い難い。
 さっと振り返ると、夢中でミットにパンチを打ち込む細川さんの姿が見えた。額に張りついた髪が美しい。彼女の奥に見えるのは、試合用のリング。〈リング〉といっても、もちろん指輪のことではない。

終了後、受付に集められた体験者たちは、アンケートに感想を記入する。
「丁寧に説明していただけて、初心者でもわかりやすかったです。ミット打ちの練習では……」。
 私が感想を3行に渡って書いていると、隣の人の手元が目に飛び込んだ「すごく楽しかった!」。それだけである。細川さんも「楽しかった!」と大きな文字。えっ、感想って「楽しかった!」だけでいいの?
 呆然とした。物書きの世界では「感想=レビュー」。感じた印象を素朴に綴ることが、「感想」だったなんて……。ちょっとしたカルチャーショックを受けた。

 ジムを出た後、細川さんと近くのカフェに入り、ジュースで乾杯。
「奮発しちゃった!」
 表参道で買った5万円の指輪をはめて、満足げな細川さん。彼女は、ボクシングと指輪、一日で二つの〈リング〉を行き来したのだ。

「私の指輪物語はこれでおしまい!」
と掲げたクランベリージュースが、生き血のように妖しく輝いていた。

「指輪のお金、彼氏が半分持つって言ってくれたの。彼に見せてからはめないと悪いよね。もう外しとく……」

 俯いて指輪を外すその仕草が、なんだか色っぽくてどきっとする。
 指輪を箱にしまいながら、彼女はぽつぽつと語り出す。

「うちらの表現の世界って、努力がすべてじゃないでしょう。演技がうまかったり、経験が豊富な人がオーディションに受かるとは限らない。選ばれる基準がわからなくてね、答えがない世界でずっと迷わされてる感じがするの。ジムで走ってると、そういうモヤモヤが忘れられて、すごくスッキリするんだ」

 なるほど。芸術にはスポーツのように明確な勝ち負け、価値基準が存在しない。だからこそ、自分に求められているものがわからずに混乱してしまうことがある。

 それを「迷走」と呼ぶのは簡単で、本人からすれば、自分の輝けそうな方角へひた走っているだけなのだと思う。混乱を自覚しながらも、私たちはどこか冷静だ。

「選ばれない」という過程の中でも、何かを生んでいるはず。そんな誇りを噛み締めながら、私たちは表現に挑む。そして、いつか誰かに自分を「選んでもらう」、否「選ばせる」。どこか不敵で、強気なのだ。

「先生のほっぺた、真っ赤に腫れてたよね。『闘い』を日常にして生きてるんだね!
 細川さんはそう言って目を輝かせる。
「闘い」を日常にしているのは、彼女も私も同じではないだろうか。
 ミスiDのオーディションで出会ったときから、独自の表現を求めて、もがいていた彼女。その姿と、「闘い」という言葉がくっきりと結ばれた。

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 女優・細川唯さん出演のMV、とっても素敵なので、こちらもぜひ◎


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文月悠光 Fuzuki Yumi

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