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弾き歌い

最近弾き語りのライブをする回数が増えて、一人で何かをすることの難しさや重みを改めて感じているのだが、ふと考えたことがある。なぜ弾き「語り」なのか。普通に考えれば「弾い」て「歌う」のだから、「弾き歌い」でいいはずだ。自室にある紙の辞書を引いてみる。

【弾き語り】自分で三味線を弾きながら、浄瑠璃などを語ること。(現在は、自分でピアノやギターを弾きながら歌うことを指す。)

一発で答えが出てしまったような気もするが、浄瑠璃を歌うことをもともと「語る」という言い方をするのだからそれでいい。なぜそれがギターやピアノで歌う、現代的な歌にも使われているのか。ここで、「弾き歌い」を辞書で引いてみる。

ない。

僕が持っている辞書には「弾き歌い」という言葉は載っていない。それほど弾き語りという言葉が浸透しているということだ。「弾き語り」という言葉が浸透した理由を自分なりに考えてみる。

そもそも、アコースティックギターを弾きながら歌う、所謂「弾き語り」が日本で定着したのは、おそらくフォークソングブームの頃だろう。日本で最初にフォークソングが流行した時は若者が世の中への反発をメッセージとして発信することが目的であるものが多かった。メッセージを伝えることは、歌うというより、伝える、話す、「語る」ことである。ここから弾き語りの言葉が定着していったのだろうか。

ただ、実際弾き語りをやってみると、バンドや複数の楽器で大きな音量を出して歌う時よりも、歌い手も、聴き手にも言葉が意識されるような気がする。歌っているけれど話しているような感じだ。肌感覚として弾き語りという言葉があっている。最初の発端であったかもしれないメッセージソングの時代から、言葉を歌にのせて伝えるということは本質的には変わっていない。今も弾き語りという言葉が使われていることに異議を唱える必要はなさそうだ。

ここからは余談になるけれど、ボブディランとか聴くと弾き語り!という感じがしますよね。日本でいうと吉田拓郎のような歌詞を詰め込む感じとか、岡林信康を聴くと、語っているなあという感じがする。やはり音の数が少ない分、言葉がより強く、人間の呼吸と結びついているのかもしれない。

歌を自分で歌う人は、自分のスタイルごとに言い方を変えても面白いかもしれないですね。「弾き叫び」とか「弾き呟き」とかね。言葉の可能性は無限大ですから。自分の歌とともに、自分のスタイルを見つけていきたいですね。



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素敵ですね。愛がすべて。
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徳永駿介

THE FUZZ ACTというバンドのボーカル。鹿児島出身。音楽と本が好きです。ホームページhttps://www.thefuzzact.comtwitter https://twitter.com/thefuzzact_st

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