「足るを知る」ファーストだった無欲な人が、楽しさだけを欲張るようになってみたら

鳥井さん(@hirofumi21)(以下、Hirofumi Toriiさん)が、こんなことをつぶやいていました。

ふーんと思いつつ、普段から欲がまったくない僕は、そういう感じなのかなーと思った次第。

むしろ30代になって、良くも悪くも自分なりの「足るを知る」が分かるようになりました。半面、我欲というものが、今までよりも輪をかけてしぼんでいってるのではないかなと思う日々です。

もともと、「ていねいな暮らし」や「清貧の思想」「断捨離」「マインドフルネス」「一汁一菜」といった考え方が好き。その心は、自分を取り巻く余計なモノを捨て去って、本質はなにかを考えながら、シンプルに生きることにつながるかどうか。

シンプルさは、選択肢を減らしてくれます。選択肢が少なくなれば、意思決定の複雑さがなくなり、迷うことも減っていきます。不必要なものを捨てれば捨てるだけ、自分にとって大事なものが分かる。そぎ落とすからこそ、捨てられないものが見つかっていくんです。

自分を突き動かすコアな感情や思い、考えを探り当てるように生きるのが、内省型な人の特徴。だからこそ「足るを知る」が見えてくる。そしてそれは、悪くない。むしろ、足るを知ることは、シンプルさを極めたいとする自分にとって、とても心地いいことでした。

欲を捨てるとシンプルなくらしが、複雑さを増した

こうやって欲を捨象することと反比例して、日々のくらしはシンプルではなくなっていき、むしろ忙しさが増してきました。

仕事は、平日の業務時間で思いっきり集中して、仕事が終わった業務外の時間でも、どんどん別の場所で行動する。

これまでの業務時間外の時間の使い方は、もっぱらサウナと水風呂にいくこと。一時期どハマりしてしまい、やばい時では1週間に3〜4回も行っていたサウナ水風呂巡礼の頻度が、いまや週1回ぐらいになったことは驚きでした。

その代わりに平日の業務時間外を埋めたのは、いろんな活動でした。誰かと会ってお話をしたり、IKEUCHI ORGANICで複業をしたり。コミュニティ活動にも足を踏み入れました。イベントや勉強会にお呼ばれすることもありますし、時には自ら企画することも少なくありません。

知人から「もう先の先の予定まで埋まってるんですね」と言われるようになりました。確かにそうかもしれない。「平日夜よりも、土日の方がむしろ空いてるんですよ」と答えている自分に驚きを隠せないのは、誰でもない自分自身でした。

でも、1年前の自分はこんな感じじゃなかったんです。むしろ、時間を持て余していた。何をやるでもなく、時間を浪費していた実感があります。そのころは、今よりもちょっとだけ欲張りだったにもかかわらず、です。

欲がなくなれば、生き方がシンプルになれば、平穏な暮らしが待っている──。そう思っていた自分は、いい意味で面食らいました。

シンプルじゃない生活を占めた活動の1つは、複業です。今年から本格的に複業をはじめました。良い仲間と出会い、新しい価値を作り出す。会社を超えて、会社とは違うチームを作って活動できることは、複業だからこそ得られる体験です。

コミュニティ活動もその1つ。Hirofumi ToriiさんのWasei Salonという場に誘っていただき、オーバーエイジ枠(おじさん枠)でいけしゃあしゃあと活動しています。

業務時間外での活動は、会社を超え、社会との接点を思いっきり増やしてくれました。これまでの自分は、会社の仕事一本でした。いわゆる「会社人」です。

いまの自分は、社会とのつながりが太くなっているように感じます。社会資本が徐々に蓄積されているといえる。社会との接点が増えることで、ようやく自分自身が「会社人」から「社会人」に代わりつつあります。

楽しいという感情に欲張り。さよなら幸せのカテゴリー

欲を捨てようとしていた自分が、行動・アウトプットファーストになってしまったこと。あれだけ志向していたシンプルな生活は、一気に多重になった。欲張りでもない自分は、いったい何に対して欲張っているんだろう。

それは「楽しい」という感情です。

楽しいというピュアな感情に逆らわず、忠実に動く。動けば動くだけ、楽しさが増す。楽しさは自分を超えて、一緒に活動をしている人に循環する。他者に楽しさが循環すれば、新しい何かが生まれる。そのアウトプットが、受け手に届く。

この楽しさのループに、まんまとはまってしまったんだと思います。

そして、このループにハマればハマるほど、「足るを知る」の発想がどんどん薄れていく。社会との接点が増えれば増えるほど、「"足る"の底が見えない」状態になってしまいました。

「自分なんてこのぐらいでしょ」とうがった見方で、先を見通すことをやめました。そして、楽しいという感情と、それがもたらす予測不能な変化を楽しむことにしたんです。そうすると、ちょっと先の未来の見通しがまったく立たなくなる。

だって、変化するんだから。変わることが前提だから、そもそも先を見通すことなんてできるわけがない。「足るを知る」が見通せる少し先の将来は、自分の可能性を狭めた見方によって得られたものだったんです。30代の半ばに差し掛かって、それにようやく気づけました。遅すぎる気づきです。

欲張りがいいことなのか、悪いことなのか。その答えを出すことに意味はありません。でも、何に対して欲張りたいのかがわかってくれば、変化をいとわなくなる。「足るを知る」が物足りなくなる。

僕の場合は、「楽しさに忠実になること、そして動くこと」が、知らぬ間に築いていた自分らしさの檻から抜け出すことを導いてくれたわけです。

あっ、なんの話だっけ?

そんな思いを言葉で連ねれば連ねるほど、「あっ、なんの話だっけ?」となります。伝えたいことを欲張りすぎたからかもしれません。でも夢中になることって、おそらくそういうものですよね。

そんな思いのつづれ織りを編み込む動画番組を、11月28日の夜に実施します。Wasei Salonのオーバーエイジ枠の阿部さん(@Fu_HEY)、平山さん(@CoffeeLover)、そしてHirofumi Toriiさんといっしょに。

阿部さんには「欲張ることにいったい何があるというんですか?」。平山さんには「欲張ることについて語るときに僕の語ること」を聞いてみようと思います。2人とも欲張りさんなので、いいお話が聞けると思います。Hirofumi Toriiさんには、「欲張り・欲張り・欲張り」について聞いてみようかな。

欲張ることについて、僕たちが思うこと。みんなでわちゃわちゃと楽しみながら語れることに期待しています。

* 当日は、こちらのFacebookページで動画をライブ配信予定です。後日、出来上がった番組は、WaseiのYouTubeチャンネルでも配信されるそうですよ。

イラスト:おおがきなこ@イヌと珈琲屋の漫画(@kinakobon)さん


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藤村 能光

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