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woosan tam hip design

まるで、碧みがかった金魚のよう。
セルロイドの生地は、
濃紺、コバルトブルー、青緑、エメラルドグリーン、フロストホワイト、        そして申し訳程度の赤色と黄色がアクセント。
いわゆる、マーブル調、大理石調だ。
しっとりした心地良い質感と相まって、魚鱗のような艶かしさがある。
匂いはというと、ツンと鼻をつく。
生臭さを伴わないだけ、よしとする。
ニトロセルロース+樟脳が、セルロイド。
世界初の高分子プラスチックの合成樹脂である。象牙の代替やビリヤード球やピンポン玉、20世紀前半には生活用品の多くに使われたが、燃えやすいこともあり、アセチルセルロースに主役を徐々に奪われていく。
樟脳といえば、衣類の虫除けとして知られるが、化学合成の発達とともにこれもまたナフタリンやパラジクロベンゼンに取って代わられる。                   ツンとする匂いはこの樟脳に由来する。
セルロイド生地を白熱灯にかざしてみる。
気泡や欠けや劣化やカラーバランスを丁寧に確認する。
当初は、この確認をおざなりにしたために、
作業の途中で破損したり、顧客の満足いかない出来上がりになったりもした。
完成までのプロセスを把握し納品まで円滑にこぎつけるようになった今でも、万が一こんなミスをやらかすと、確実に椅子から転げ落ちる。それぐらいのダメージがある。
恐恐、一つ一つの作業を進めていた当初はと言うと。椅子から転げ落ちただけでは足らず、くわえて後頭部を思い切り座面で打ち、立ち上がろうとして足がもつれ、前頭部を床面に叩き付けられるような有様だ。しかもどっと、数年分、老けてしまう。身も心も。充分、爺さんになってはいる。しかし、まだまださらに爺さんになる余地はある。誇張ではあるが、ほぼそれに等しい。
老眼がひどい、白内障も出始めた。
眼鏡を掛け、ルーペで生地を端っこから追っていく。生地のフロストホワイト部分の奥に、蠢くものがある。気のせいだ、多分。
焦点の定まらぬ、視覚のせいだろう。放って置く。
二巡目の確認。フロスト横の赤色黄色は赤ちょうちんと華美なネオンサインの群だ。   おやっと思い、黄赤フロストを見つめていると、男児が蠢いている。
屯梅吉。                                     「たむろ▢うめきちや、たむらとちゃうで」                     小学校低学年の、すれ違いざまどこかで見掛けたような男児が上目視線で、声を発している。                     
梅吉、1周回って改めてその良さが見直されたような名前ではない。          同級生は忠司、誠、豊などで格好よく、2周目で見直されたのが慎太郎や一太や桔平で、 どう解釈違えても梅吉ではなかった。                        ただ、平成令和の頼音(らいおん)や光宙(ピカチュウ)や手洗(ティアラ)でなかっただけが救いだった。
「ええのを閃いたで。俺が卯年でおまえが羊年。うめぇー、に三月生まれの梅と、吉兆の吉をかけて梅吉やうめきち。どないや、ええやろ」                   安酒を一杯引っ掛け帰ってきたおとんは、そう云うなり万年寝床の布団を被って鼾をかき始めた。
いくらなんでも、梅吉。                               翌日、殴られるのを覚悟でおかんは、反対しようと声に出したが、
酒乱で内弁慶のおとんは引っ込みが付かなくて、朝飯も取らず仕事に出掛けてしまった。

ノストラダムスの予言は外れ、鉄腕アトムが誕生を迎え、
磯野家の家電は東芝製ではなくなった。
しかし、のり平もサザエもタラちゃんも年を取らない。
そんなもんだ、人間の本質なんて数千年やそこらではきっと変わらない。









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