職場のアスペルガーくんが厄介すぎる。

 先日、twitterのタイムラインにこのようなツイートが流れてきた。

とても美しく真理を突いた言葉だと思う。まさしくド正論。

様々な所で言われていることだけれど、僕は常日頃から「憎む」ことと「憎んで行動すること」は全く別だと考えている。極端に言ってしまえば、殺したいほど憎むことは法的に許される。誰にも止められないことだしね。でも憎み過ぎた結果殺してしまったらそれは罰されるということだ。


では、このいかにもぶっ叩かれそうなタイトルについて言及しよう。

僕はいま、飲食店のホールスタッフとして働いている。飲食業界では超あるあるの凄まじい人員不足、客100人vsスタッフ5人とかいう状況でヒイヒイ言いながら走り回っている。

まだまだヒヨッコではあるが、運よく上司や同僚にも恵まれて、人間関係は非常に良好だ。

ある日、一人の男性がアルバイトとして入ってきた。面接は上司が行ったようで、「君が休んでいた昨日の昼から、新しい子がきてるよ」とだけ言われた。もうメッチャクチャに喜んだ。これまでも何人か主婦のパートさんは入ってもらっていたが、新しい人が増えるというだけです―――ごく嬉しい。何せ100vs5が100vs6になる。一人頭のノルマが減る。素晴らしい。

ただ、上司の様子がどうもおかしい。尋ねてみると、年齢は40手前、就職をしておらず様々なバイトを転々としていたそう。しかも、そのどれもが極端に短期。

日本人だが話し方が覚束なくて、まるでロボットのような口調だと言う。また、1日見てわかったが仕事がとても遅いらしい。僕の職場では手の空いたホールスタッフが皿洗いをするのだが、皿を一枚拭いては戻し、一枚拭いては戻し…の繰り返し。「一枚ずつ戻してたら効率悪いよ」と伝えると、その場では「わかりました」と言うものの気付けばまた同じ動きに戻っている。

上司は非常に人の動きをよく見ていて、何を考えながら動いているか、なぜその動きをするのか細かく分析する人だ。「自分の中に決まったルールがあって、それに従っている感じがする」と言っていた。僕は大学の授業を思い出し、その子はアスペルガー症候群なのではないか?と思った。最近では自閉症スペクトラムとも言われる、発達障害の一種だ。言ってしまえば「知的障害はないけど社会に適合するのが難しい障害」といった感じ。詳しくはググッて欲しい。

その特徴のひとつとして、「強いこだわりを持つ」というものがある。自分がこうと決めたルールに従わなければ気が済まない、落ち着かない。上司の話はまさにそれで、まあ実際に会うまではわからないけど、心構えくらいはしておこう、といった程度に思っていた。

正直、年齢と職歴を聞いたときに身構えてしまったのだ。40手前、就職経験なし……僕がいま20代前半だから、年の差は単純に考えて15ほど。どう関わればいいだろうと。

昼になって、とうとう初対面。見た目はいたって普通の男性だ。年齢よりもかなり若く見える。顔もそこそこ男前。本当にこの人が?という印象を受けた。身構えた身体の力が少し抜けた。

が、いざ営業が始まると上司の言葉がすぐに理解できた。めちゃくちゃ遅い。仕事が遅い、というかもはや動きが遅い。ここは雪山か?と思うほど歩みが慎重で、前に進むのすら鈍い。在学中、学部の関係もあってかなり頻繁に障害について調べる機会があった。講義でも様々な映像資料を見てきたし、「他のひとよりも知識があるだろう」とたかをくくっていた。甘い、甘すぎた。リアルはもっとすごい。完全に未知の生物だ。だが、このとき僕はまだ諦めていなかったのだ。

僕も就職してすぐは本当にポンコツだった。当時の上司は別の人で、就職してすぐは仕事に行くのが嫌すぎて鬱の一歩手前まで行っていた。気付いたら勝手に涙が出ているほど辛かった。だからこそその頃、新人にとって一番嬉しいのは「気軽に質問できる環境だ」と痛感していた。

「こんな簡単なことを聞いてしまうなんて…」という遠慮が仕事を滞らせる。「この前も同じことを聞いたのにもう一度聞くと怒られるかも…」という恐れが失敗に繋がる。質問しても怒られて、躊躇って失敗しても怒られる。そしてループに入る。

僕がそう考えて戸惑っていた上司はもう職場にいないのだが(辞めてしまった)、今の上司になってからその悩みがスパッと無くなった。前の上司と今の上司、その違いは「安心感」以外になかった。今の上司が来てくれてから、僕は初めて職場でゲームや趣味の話をできるようになった。もちろん、今の上司を相手に。空いた時間にそういう話題をうまく引き出してくれる人なのだ。

結果、簡単な疑問でも気軽に聞いてみることが出来た。「Aだろう」と最初からわかっていながらする質問でも、「うーん、やっぱBでお願い!」と返されることが結構あるのだ。「尋ねる」というワンクッションは、簡単でありながらとても重要だ。だからこそ、普段のコミュニケーションや対話がめちゃくちゃに重要なのだと知っていた。今度は僕が、あの時の上司のようになってあげたいと思った。

早速、休憩時間を利用して話しかけてみる。ただこのとき重要なのは、相手と自分の距離を測り間違うことだ。こちらからグイグイ行った方がいいパターンとそうでないパターンがある。少しずつ歩み寄る努力が大事だ。が、心配をよそに彼はかなりすんなりと自分の話をしてくれた。一番印象深いのが、彼の恋人の話だ。前に働いていたバイト先の話なんかを聞いていると、そこで知り合った女性とお付き合いしていることを教えてくれた。写真を見てみると、ものすごい美人だ。「結婚も考えている」と言っていた。自分の話をしてくれる人は、ある程度はじめから心の扉が開いている人だ。話せばきっと理解してくれるに違いない!ていうか一人入ってくれたのがうれしい!それでいい!と、その時点でようやく僕は手放しに喜んだ。


数週間が経った。上司の様子が明らかにおかしい。上司にあった安心感が薄れてきている。目に見えてイライラしているのがわかる。何か軽い問題が生じただけでゴミ箱を蹴ったり、食洗器を叩いたり、持っていたペンを床に投げつけたりしている。最初はそういう冗談なのかと思っていた。バン!と何かに八つ当たりしたあと、「なんなんだよ~」と笑いながら言っていたから、なんだよ新しい芸風かよと思っていた。なぜなら、上司は八つ当たりなんかとは縁のない人だったからだ。いつでも明るくて優しくて、叱るときはパッと叱って切り替える人だった。

どうかしたのかと聞くと、どうやら先日入ったバイトの彼、どうしても動きが改善されないという。「前の職場でも何人か育成してきたけど、彼ほど成長が無いのははじめてだ」と疲れた顔で言っていた。僕は彼と働く場所や時間が割と離れていたし、たまにシフトが被っても営業中ずっと彼のことを見ていられるほど器用でもなかったので気付かなかったが、相当手を焼いているらしい。

他の同僚にも聞いてみると、ほぼ全員が口をそろえて彼のことを話す。他に話すことないのかよってくらいに彼の話で持ち切りだ。内容は決まって、マイナスな話。

偶然同じ日の同じ時間に休憩が取れたので、彼と一緒に昼食を取った。

「ここ、どうですか?仕事は楽しいですか?」と聞いてみると、「やっぱり皿洗いより接客したいですね。今日も○○さん(上司)にキレられました」と笑いながら話す。

どうしても手が足らないときに彼が接客しているのを何度か見たが、本当にロボットのようだった。「いらっしゃいませ、本日はご来店ありがとうございます」と、一字一句区切るように話す。話している最中に御手洗いに立つお客さんの足を止めて、席に着くよう促していることもあった(さすがに止めた)。

だからこそ、上司は彼を皿洗いポジションに入れているのだろう。彼は恐らく、自分の力量というか、接客技術がどの程度なのかわかっていないのだ。

そして、「キレられました」って笑いながら話すのって、どうなんだろう。あの人が声をあげて怒るのなんてそうそう無いんだが。心のざわつきを隠しながら話を続けた。同僚とも話したのだが、どうにも彼の話し方は要所要所にイラッとしてしまう何かを孕んでいる。

それがアスペルガー特有の「空気が読めない発言」なのか、彼自身の性格上のものなのかはわからない。彼が「キレられた」のも「接客がしたい」のも事実だろう。彼は一切嘘をついていない。ただその言い方に、こちらがモヤモヤとしてしまうだけのことだ。

在学中には、「アスペルガーの方と話してイラッとしたときの対処法」は教えてくれなかった。そして、「イラッとすること」は罪ではないのだ。それを態度に出すことで人間関係が歪む。それがいわゆる罰となる。

もし彼の話し方がアスペルガー特有のものだとしたら、なおさら耐えるしかない。僕がそれを責めることはできない。なぜなら、僕自身、彼のどういう話し方に何故イラッとしたのか、その会話の中で的確に言い当てて伝えることができなかったから。いまこうやって文章にして初めて腑に落ちているが、会話の中で感じたモヤモヤをすぐさまアウトプットするのは難しいのだ。こうなってしまったら、もう「イラッとした側」が耐えるしかない。


数日後、同僚が一人辞めた。彼と同じシフトに入っている人だった。辞めた原因を教えてくれることはなかったから、これが彼のせいだと考えるのは早計だろう。ただ、そう思ってしまうのを止められなかった。

辞めてしまう前に同僚と昼食を取った。そこでも話題の中心は例の彼だ。どう扱っていいものか、なんて話の最中に僕は笑いながら

「でも、めっちゃ可愛い彼女いるんだよなー」

と言うと、

「え、でももう別れてるでしょ?」と返される。

「えっ!別れちゃったの!?結婚考えてるって言ってたのに」

「いや、ここに来る前に別れたって言ってたよ」

彼が、僕と同僚どちらに嘘を吐いていたのか、はたまた同僚が嘘を吐いたのかはわからない。ただひたすらに僕は「もう勘弁してくれ~」と思っていた。

同僚が辞めたことで、僕が彼と同じシフトに入ることが多くなった。結論だけ言うと、僕は彼とあまり言葉を交わさないようになった。会話をするとイライラするのだ。それを抑えられない。イライラがどうしても態度に出てしまいそうになる。そして、それを止められないのだ。

「これ、どうしたらいいですか?」と、前にも説明したことを質問される。答えなければいけないのだ。2回目、3回目だからと言って、こちらが説明を放棄するのは上司として最悪だ。何度でもわかるまで伝えなければならない。でも、もう喉から声が出てこない。出てくるのは「前にも言ったでしょ」「自分で考えてください」のふたつだけ。本当に最悪だとおもう。

上の方でも書いたが、職場で大切なのは「気軽に質問できる環境」なのだ。彼に今それはない。ただ、彼には無敵の「気軽に質問できる自分」がある。環境は無いが、彼自身がそれを気にしないのでわからないことはすぐに聞く。

具体的に例を挙げると、

「ここが3名様のご予約席なので、お箸とグラスを用意しておいてください。今日のご予約は1件だけです」

と言うと、

「3名様ということは、お箸がみっつってことですか?」

と質問してくる。

グッと堪えて

「はい、子供さんもいないので、お箸みっつだけで大丈夫です」

と伝えると、

「グラスもみっつってことですか?」

と質問してくる。

「はい、グラスもみっつで」

と答えると、

「他の予約はありますか?」

と質問。

「最初に伝えた通り、予約は1件だけですよ」

と答え、

「では、お箸とグラスがみっつずつで、マットはいらないんですか?」

「いやマットはいります、予約の時はいつもマット敷いてますよね」

「わかりました、マットをみっつ敷いてグラスとお箸をひとつずつ置いたらいいんですよね」

「はいそうです」

「わかりました」

3名様のご予約席を作ってもらうのにこれだけのやり取りが必要になる。そしてそれが繰り返される。延々と、一つの工程につきこれが毎回ある。正直全て自分でやった方が早い。

また、このやり取りをしている間は僕の手も止まる。僕と彼、二人の手が止まる。スタッフ、四人しかいない。この瞬間だけ二人死んでいる。スタッフ総人数の半分が冥界で3名様のご予約席を作っている。彼の質問がドローされると必ず彼を含む二人が墓場に送られる。

よって、彼は暇さえあれば皿洗いを任されている。もちろん皿洗いも遅い。彼が一度食洗器を回す時間があれば、他のスタッフなら三度は回せる。洗い物が溜まりまくってくると、誰かが見かねて皿洗いを変わる。その間、手の空いた彼はフラッとホールに出て、ウロウロッとしてから洗い場に戻ってくる。そんな流れだ。(もしかしたら何かしてるのかもしれない、と思ってふと見てみたら、重なったティーカップの取っ手を全てキッチリ同じ向きにするなどして揃えていた。これに「それあんまり意味ないから他にやること見つけて」と伝えると「何すればいいですか?」と質問がドローされ墓場に送られるのでもう何もできない)


そんな日が続いたある日、ついに上司が彼に対してブチギレしているところに遭遇してしまった。上司はゴミ箱を思いっきり蹴って、「前にも同じこと言っただろうが、やる気ねえのか」と僕にも他の同僚にも言ったことのない言葉をガンガン浴びせかけ、最後に「お前見てると殺意が沸くわ」と言い捨ててホールを僕らに任せて煙草を吸いに行った。


これ、録音されていたら上司が悪者になるなあ。「このハゲーーー!」の人と同じ扱いになるなあ。

でも、僕は上司を一切責められない。

僕は彼と会う時間がそんなに多くない。人手は足らないけど、上司の裁量で僕や同僚はしっかり休みをもらっている。だからこそ、「彼が嫌い」「彼が憎い」という気持ちを行動に出さないよう、ある程度我慢がきいている。

そして、それは人として当たり前のことではないかと思う。

社会に出るならなおさらだ。嫌いな人間を嫌ったまま、ニコニコしていなければならないのだ。上司だけが、丸一日彼と一緒に仕事をしたり、LINEで事務連絡を取りあったりしている。

上司はきっと、もう我慢が効かないのだ。


いまこの職場にとって最善な選択は、彼を解雇することじゃないかと思う。でも、それが可能なのは上司だけだ。しかし、上司にはもうそれができない。

現在に至るまで、上司はもう何度も「次ミスッたらお前、クビだからな」と彼に言っていた。もう半年ほど言い続けていた。半年経った現在、彼はまだ職場にいる。手が遅かろうが、道連れで二人を墓場に連れて行かれようが、洗い場ポジションに彼がいないと成り立たないように組み替えてしまっているのだ。

そして、もうそれを変える元気が上司にはないんだろう。上司が彼を雇っている以上、僕たちは彼に対して横柄な態度を取ってはいけない。彼の仕事がどれだけ遅くても、いじわるな態度を取るのは間違ったことだ。なぜなら彼は人間で、人間は平等であるべきだから。

どれだけ嫌いだろうと、僕自身が「この職場にいる」と決めたのだから、それによって起こる不都合に対してブーブー文句を垂れるのはもはや自業自得としか言いようがない。


ある日、彼の接客態度に腹を立てた客から呼び出され、「ちゃんと教えてあげないと」と言われた。四十手前の男が棒立ちでいる中、二十歳そこらの僕が申し訳ありませんと言って何度も頭を下げた。

「ちゃんと教えてあげないと」 その通りだ。でも裏でちょっと泣いた。


もう辞めなければな、と思う。自分が彼に対して明確な加害者になってしまう前に。いや、もうなっているのかもしれないけれど。ただ、どうしても「彼なんかのせいで自分が仕事を辞めるなんて」と思ってしまうのは、やはり心のどこかで彼を見下す感情があるからなのだろう。

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