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音と光の交錯と発明家たちの狂騒

さっきから何やらアルベルトが解説してくれてるようだが、

必死に走る岩砕の耳にはまるで入っていないようだった。

そしてアルベルトがとどめとばかりに、

至近距離で狙い撃ちしようと手を伸ばしたその時だった。

「今度は何だありゃ!?

鳥か? 飛行機か? いや…………

……爆弾だ‼︎」

なぜか上空から無数のダイナマイトが雨アラレと降って来た。

それらは空中で爆発したものの、

爆風を受けた送電線は立っていられない程に大揺れした。

岩砕は振り落とされないように送電線へとしがみつき、

あのアルベルトといえども立ち止まざるをえなかった。

「チッ、でしゃばりしやがって・・」

忌々しそうに舌打ちをするアルベルト。

「あのアメリカ野郎は

ウワサにきくライト兄弟……?

もう動力飛行もすでに完成させ、

さらには兵器まで…………」

アルベルトもまだ話でしか聞いたことはなかったが、

爆撃してくるところを見るとどうやら手を出すなという指令がまだ行き渡ってないらしい。

これだからTexTl<テフタイル>通信をまだ習得していない技術屋は…………

「行くぜ……ウィルバー兄さん!」

「あいよ、弟のオーヴィルよ!!」

そのライト・フライヤー号<改>を兄が操縦し、

弟せっせと手動で爆弾をばら撒いていた。

なんつー迷惑な兄弟だ。

「なッ!? なんだあの回る羽の動力は!?

さっきのリリエンタールとかいう滑空機《グライダー》とはワケが違う!」

初めて見る動力飛行機に驚きを隠せない岩砕。

「ぐっ…………

電線ならばまだ切られても再生できるが、

師匠のいる変電所まで破壊されてはかなわんっ……

一か八かオレの「雷」《イカヅチ》で…………」

増えた敵の対処に戸惑う岩砕だったが、

困った事に飛行機械は一機だけではなかった。

前は偵察していただけのグライダーがまたこっちにやって来たのだ。

「オイぃぃッ、待たんかコラーっ!

儂だって飛べるぞぉーッッっ!」

さっき師匠がリリエンタールとか言っていたおっさんが

奇声を発してこちらへ飛んで来る。

どうやら対抗心でも燃やしてしまったらしい、

「ゲッ!? あの爺サンついて来やがった!

あんた偵察機でしょ? 無茶すんなや!!」

あのライト兄弟もコイツがついてくるのは想定外だったらしい、迷惑そうにしている。

「我輩が夢見た、滑空だけでない。

まるで鳥のような”羽ばたき”<オーソニプター>による

華麗な飛翔を今見せようッ!」

そんなこともおかまいなしに話を進めるリリエンタール。

どうやら彼の機体は滑空する固定翼から羽ばたき翼へと切り替えようとしているらしかった。

「では攻撃担当をお願いします。

ウィーン街の仕立て屋、

フランツ・ライヒェルトさん♡」

そんなんじゃ手が塞がってどうやって本人は攻撃するかと思ったが、

どうやら攻撃役がもう一人後ろに乗っていたらしい。

よくもまぁオッサン二人が更に狭いグライダーの中に入っていたものだ。

「任せろ!イエー‼︎」

そのライヒェルトとか言うもう一人のオッサンは

どうみてもカーテンとしか見えない巨大なマントに身を包んでいた。

ほとんど団子のお化け状態だ。

どういう攻撃をしてくるのかはわからないが、

もしかしたらコイツも何かヤバイ奴なのかもしれない。

「いや、だからその類の方法じゃ人間は飛べないんだってば!

「揚力」って知ってる!? (ベルヌーイの定理)」

一方ライト兄弟はというと、

爆撃するのも忘れて必死に無謀な挑戦をしようとするリリエンタール達を説得して止めようとしていた。

「くっ、来るなら来やがれ!

俺の赤黒龍奥義を喰らわせてやる!」

もう目前へと迫って来るグライダー。

どういう技を使ってくるかわからない敵に対して、

岩砕は構える。

「パラシュート部隊出動ッ!!」

その時飛び出してきたのはただの人間だった。

人間爆弾とでも言いたいのであろうか?

どう見ても小学生の夏休みの工作のような手作り感満載のパラシュートで本人は飛べると思っているらしい。

「バカだァーっーー!!」

ここにいる全員がそうツッこんだ。

当然ながらそれは制御が効かず、

フラフラとあらぬ方向へ落ちて電線に引っ掛かった。

「ギャアああああああああああーッ‼︎‼︎‼︎」

もちろんコイツは岩砕やアルベルトと違って電磁気学も会得していない、

ただのアマチュア発明家なので大感電しただけに終わった。

「…………………………………………

阿呆か………………」

呆気に取られる岩砕。

俺よりアホな人間がこの世におったとは…………

技術屋とはなんとクレイジーな人種なのだろう、

そんな安心したかのような悲しいような微妙な気分にしばらく浸ってしまった。

「……………………

蓄光、完了………………」

目の前の光景に気を取られていたら、

アルベルトが光の矢で再び攻撃してきた。

お前は容赦ナシか!? せめてツッコんでやれよ‼︎

とか思うヒマもなく、身を倒してなんとか鉄下駄ではじく。

だが体勢を崩したその隙を見逃さなかったアルベルトはここで一気に岩砕との間合いを詰めようとした。

今までは飛び道具による遠隔攻撃だったのに、今に彼が構えた武器はバイオリン型ボーガンの方では無く。

さっきの音痴演奏に使っていた弓の方だった。

その弓の弦が次第に光を帯び、輝き始める。

それはまるでライトセーバーのようだった。

「何か、コイツはヤバイ!」

その新しい武器に今までに無い脅威を感じた岩砕は崩れた体勢にもかかわらず、

逆さになりながらも力任せの電磁気力で送電線上を急加速する。

「波動《オーバー》・疾走!《ドライブ》」

すでにこの技を何度も使って

もう息も切れ切れだったが、

とにかく逃げるしかなかった。

「『ドップラー効果』を知ってるかい?」

アルベルトはそんな岩砕の動きに全くうろたえる事も無く、

ゆっくりと語りかける。

「車に乗っている時に隣り合って走る汽車の汽笛を聴くと音の高さが変わって聴こえる現象さ。

僕はこれを利用して

君に信号を送り込んでいるんだ。

つまり君がいくら速度を出そうと僕が同じ速度で

ついていったならば、止まったハエも同然のようになる。

この当たり前の事実が『ガリレイ変換』さ、

さらにここで僕が速度に変化をつけた

ならばそれに応じて周波数が変わるだろう。

音源が近づくとき観測者にとって音は高く聴こえ、

遠ざかるときは音が低く聴こえる。

これを制御すれば単なるノイズが幻惑の音色へと変貌を遂げるのさ!」

アルベルトはさっきとうって変わって急加速と急ブレーキを酔歩のように繰り返す。

そうする事で自分の発する音痴なバイオリンのノイズ音を無理矢理に自分自身が移動することで音の高さを強引に変換して曲を奏でるという力技だった。

だが、演奏方法がどうであれ曲は曲だ。

さっきまではノイズにだけしか聴こえなかった音が次第に鮮明な旋律へと変わり、岩砕は引き込まれていった。

それはまるでラジオのツマミを回して局にチューニングでもするような過程だった。

「しかし、光の場合は違う。

音の波の場合は僕自身が近づいたのと君が近づいたのとでは聴こえる結果が違うが、

(例えば、時報の音<440Hz>ならば前者と後者で5Hz程のズレが生じる。)

けれど光の波ならば関係なく相対速度のみに依存し――――

たとえ君が逃げても、僕が追いかけても……………

同じ効果が発生する!!」

そうしてアルベルトはその光の剣を振り下ろした。

幻だろうか? 剣が七色へと輝き出す。

『ローレンツ変換!!《トランスファー》』

弓が収縮して曲がり、蓄積されていた光線が一気に前方へ放出される。

それは光の飛ぶ斬撃となって岩砕へと襲いかかる。

さっきまでの単なる光の矢とは大きさがケタ違いだった。

「さらにこの弦は反射鏡で囲まれた共鳴器になっていてね。

次第に「同位相の光《コヒーレント・ライト》」

は溜まってゆきエネルギーを吸収して増幅させる!!

それが”マイケルソン干渉計”。

超高精度の光速測定器なのさ。

これこそが僕の所有する物理定数、

光速C=299 792 458 m/sメートル!」

アルベルトのそんな補足が聞こえるワケも無く、

避ける事も出来ない岩砕はその光の刃をまともに喰らってしまった。

「ぐ、

がああああああああああーーーーーーーーーーッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

その強大な輻射圧によって彼の身体は彼方へと吹き飛ばされていった。




前回、「演算子たちの協奏曲」

次回は「文系(無能力者)と理系(能力者)」へ続くッ!!