ガヂヲが文 「この支配からの卒業式中止」

中学の同級生と久しぶりに会った時の会話。
「組み立て体操ってあれ今考えると、虐待だったよね。なんで従ってたんだろう」
「なんで、軍隊みたいな行進をさせられていて、なんで、チーム分けられて争わされて、自分たちが勝つと喜んでたんだろ」
「自分のクラスは体育祭とか合唱コンクールとかかるた大会とか、クラス一丸になってみんな頑張るいいクラスだと思っていたけど、今思うとスーパー同調圧力社会だったよね」
「部活をやめれない空気って、本当に人生の可能性を狭めてるよね」
「学校の先生って社会について語るけど、学校の生徒から学校の先生になった人がほとんどで、社会について知らないよね」


若い方で、うすうす気づいている人が多いと思いますが、世の中って結構地獄です。
簡単に思いつくだけで、年間2、3万人が自殺しているし、精神病の人たくさんいるし、戦争がなくならないし、原発爆発して、台風やばいし、放火、通り魔、ブラック労働、年金もらえないetc
コロナウィルスで経済大打撃。
ツイッターで「仕事なくなる」「仕事なくなった」で検索すれば人生なんていつ地獄になるかわかりません。
人生の難易度を下げるコツとして、いろんな経験をしたり、スキルを身につけたり、学んだりすることがあります。
今考えると、授業にまったく関係ない先生のつまらない雑談に耳を傾けてる暇はなかったと思います(いい話する人もいるかもですが)。
本来、教えるべき授業があるのに、先生が自己満足の話をしてお金をもらうビジネスモデルが目の前にあり続けるのは、一般社会からしたら異常で、お仕事に対する感覚を狂わせます。一般的に自己満足の話を延々としてもお金もらえません。

お仕事といえば、春になると新入社員の入社式で全員おんなじ格好で、同じ髪型で大勢いる写真とかがネットにアップされて、全員同じでやべーっていうのをツイッターで散見します。
意外に思われるかもしれませんが、全員同じ格好で同じ動きをする意味では学校生活、特に卒業式の方が圧倒的にやばいです。
全員同じタイミングで座ったり立ったり喋ったり。しかも意味不明レベルで動きがめちゃくちゃ早い。
お仕事で写真稼業をしておりますが、一回だけ卒業式の撮影に参加してみた時があるのですが、ゾッとしてしまいました。
みんな工業製品でした。みんな工業製品であることに無自覚でした。昔の自分も同じでした。
ちなみに、卒業式の動きがうまくできるようになっても将来に一つも役立ちません。
ゾッとしながらも、撮影を続けました。そしたら、子どもの笑い声が聞こえました。
2歳ぐらいの女の子が走り回っていたのです。保護者と思われる男性は捕まえようとするけど鬼ごっこ状態で、申し訳なさそうでした。
僕1人、その子のはしゃぎっぷりに癒されてました。

話が逸れたかも。
もちろん、これから社会の歯車として生きていくには、工業製品のように生きられる事は一つの才能だと思っています。否定しません。俺には絶対にできないから、むしろ尊敬していたりしています。
歯車は規格通りに作られてないと、支障をきたしますし。管理職の人が管理しやすい方が会社にとって都合がいいでしょう。

ただ、才能というものは誰でも持っているわけじゃないのを僕は知っています。
工業製品になれずに、病んでしまった人を複数人知っています。そして、世の中にたくさんいます。
自分には工業製品の才能がないことに気づくのが遅い人ほど、方向転換に苦しむ傾向があるように思います。
お笑い芸人の千原ジュニアさんは中学生の段階で不登校しています。彼が才能を開花した理由の一つに、早い段階で脱学校できたからではないかと思います。
彼の過去を書いた「14歳」という本は凄くリアルで救われる本です。


学校の悪いところばかり書いてしまいました。
良かったところも書きます。
タイトルにある「この支配からの卒業」という言葉は尾崎豊というミュージシャンの「卒業」という曲の歌詞にあります。
尾崎豊さんは昔、「10代のカリスマ」と言われ、支持されてました。生きていたら今は55歳ですね。今でも後追いで彼にハマる学生います。
その尾崎豊さんを紹介してくれたのが中学3年の時の音楽の先生でした。

音楽の授業って好きでもない歌を歌わせて、評価され、その後の進路、人生に影響を与える謎が意味不明で、「音楽は好きだけど、音楽の授業は嫌い」という人は少なくなく、廃止すべきだろって思っていました。
今でも、そう思っています。トラウマの友達います。

3年生の受験が終わった後の、テストもないし、成績に影響しない謎の期間がありますよね。
その時期に先生が紹介してくれました。今思うと、唯一の「生徒のための音楽の授業」だったと思っております。

「卒業」には「仕組まれた自由に 誰も気づかずに あがいた日々も終わる」とあって、授業で扱うにはそうとうな勇気があっただろうなと今なら思えます。
「夜の校舎 窓ガラス 壊してまわった」とかの歌詞があったり、「十五の夜」では「盗んだバイクで走りだす」とかあります。
そんな歌詞を歌う人が「10代のカリスマ」と言われていました。
「ハロウィンで若者が騒ぐのが迷惑」とかの次元をゆうに超えてます。

学校のシステムにふざけんなと思いながら先生の仕事をやっている友達もいます。
学校の異常さに、学校を辞めてから気づく先生もいます。

「人の命がたやすくもてあそばれている」とか今っぽくないいですか?
「法律の名の下に作り上げられた平和。だけど、首をひねっているのはなぜ」とか本当にそう。
「仕組まれた自由に誰も気づかずにあがいた日々も終わる」とかリアルな気がしてます。


子供の頃から親の宗教を押し付けられると、なかなか思考回路をアップデートできないのと同じように、学校の常識から抜け出すのに時間がかかります。
若い人は奪われた貴重な時間を取り戻してほしい。
多くの人はこれから、常識が、仕事が、政治が、家族が、友達が、人生を縛り付けてくる。
でも、うまくいってる時は自由を感じられます。
どうか、卒業式で走り回った2歳のこどもの自由な心がなくならない事を祈ります。

映画監督の北野武さんは「映画監督が映画で感動してどうする。日常生活に感動しろ」と話しています。ちょっと大げさな気もしなくもないけど、真実だと思います。
だから、卒業式という予定調和の感動には感動しなくていい。運動会も、合唱コンクールも、修学旅行も。
子供の頃は自分たちで遊びを考えてた。
自分は非日常が好きだけど、好きな日常もあります。まだまだ物足りないけれど。

若い人に、子供たちに、日常生活に感動できるような人生を歩んで欲しい。。


尾崎豊さんオススメ
「卒業」
「 I LOVE YOU」
「 LOVE WAY」
「十五の夜」
Spotifyで聞けます!!!!!!!!!

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