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「自治体戦略二〇四〇構想」と社会教育をめぐる課題(『月刊社会教育』2019年9月号 No.760の原稿の草稿)

はじめに

 総務省は、自治体戦略二〇四〇構想研究会を立ち上げ、二度にわたって報告書(第一次報告二〇一八年三月、第二次次報告=六月)を公表している(二〇四〇構想)。高齢者人口がピークを迎える二〇四〇年に向けて、①市町村行政のフルセット主義の見直し、②都道府県と市町村の自治体行政の二層制の柔軟化、③東京圏全体のサービス供給体制の再構築、④多様な働き方ができる受け皿づくり、⑤ICTを活用した自治体行政システムの標準化・共同化などの基本方向(第一次報告)を前提として、①スマート自治体への転換、②公共私によるくらしの維持、③圏域マネジメントと二層制の柔軟化、④東京圏のプラットフォームづくりを提案した(第二次報告)。こうした政策が合併特例法の期限切れ(二〇一九年)を視野に入れた新たな自治体合併の引き金となるばかりでなく、ICTを活用した行政のスリム化や民間企業の参入の拡大による公務労働者の大幅削減につながると批判されている。

 これまで社会教育・生涯学習行政のあり方に影響を与える自治体政策、とりわけ社会教育・生涯学習の枠を超える自治体行財政政策に関する調査・研究が十分に行われてきたとはいえない。こうした状況の中で、近年、学校の統廃合問題を一つの契機として社会教育・生涯学習を支える財政問題に関する研究が公表され始めている(朝岡・石山、二〇一八年)。ここで取り上げる「自治体戦略二〇四〇構想」には、憲法に保障されている「地方自治の本旨」(住民自治・団体自治)をめぐる理念の問題(自治体の枠を越えた広域行政への移行など)を含みつつも、最終的には地方交付税制度の改変をはじめとする自治体財政への強力な政策誘導に、自治体がどのように抵抗できるのかという財政問題がある。確かに、自治体の社会教育・生涯学習政策に関わる財政の多くは自主財源によるものであり、住民の意思による充実が不可能であるとはいえない(石山・田開、二〇一八年)。しかし、自治体財政が悪化して余裕度が低下するなかで、自治体には財政誘導に敏感に反応する傾向がある。二〇四〇構想が求める自治体戦略は、①「スマート自治体」への転換=行政サービスの標準化・共通化、②新しい公共私の協力関係の構築=自治体のサービス供給者からの撤退、③「圏域行政」・「圏域ガバナンス」=小規模市町村の行財政権限を中心都市に移行、などである(平岡、二〇一九年)。破壊的技術(AI、ロボティックス、ブロックチェーンなど)を活用した自動化・省力化や民間委託などを主な手法として自治体職員の半減を目指す「スマート自治体」で、社会教育・生涯学習行政はどのような位置を占めるのか、その財源をどこから確保するのか、具体的で真剣な議論と合意形成が必要となる。

 ここでは、二〇四〇構想が示す集権的行財政改革に抗する社会教育・生涯学習のあり方を、「小さな自治」を支える社会教育の可能性という視点から考える。

「自治体戦略二〇四〇構想」がもたらすもの

 白藤博行は、二〇四〇構想の本質を、バブル経済崩壊後に政財官がこぞって企業の生産性向上のために雇用の流動化と賃金抑制を進めた結果として、「今では企業だけでなく、公行政領域(公的・公共的空間)においても『産業化』を進め、行政、とりわけ自治体行政の『生産性向上』を図るための『自治体戦略』を企む政策」と分析する(白藤、二〇一九年)。そして、経済財政諮問会議(二〇〇一年発足)と未来投資会議(二〇一六年発足)などの合同会議による『経済政策の方向性に関する中間整理』(二〇一八年一一月)で柱と位置づけられる「Society5.0の実現」と「地方施策の強化」が重要な意味をもつと指摘している。具体的には、「業態ごとの関連法制を同一の機能・リスクには同一のルールを適用する機能別・横断的な法制へと見直し、新規事業者の参入を促進する」「AI等を活用して許認可等の行政手続きを自動化し、自宅から手続き可能とする」、「コンセッション等の手法を拡大して民間の創意工夫で効率的なインフラ維持管理を実現するため、これらの導入に取り組む自治体等の施設管理者にインセンティブを付与する仕組みを検討する」、「中核市から周辺市町村に対するサービス提供や市町村間の共同処理、包括的民間委託によるインフラの巡視・巡回支援の促進や点検・診断業務への対象範囲の拡大等について検討する」などの文言が並ぶ。

 こうしたイメージを総括するものが二〇四〇構想であり、報告書は高齢者人口がピークを迎える二〇四〇年ころをターゲットとして自治体の「人口縮減時代へのパラダイム転換」(若年労働力をはじめとする経営資源の危機に公・共・私の協力関係を再構築して住民生活に不可欠なニーズを満たす「プラットフォーム・ビルダー」への転換)が必要であるとしている。その際に、自治体政策の本質に関わる幾つかの問題が提起されている。

 その一つが、「総合行政主体(フルセット主義)」からの脱却と「圏域マネジメントと二層制の柔軟化」論である(図1)。報告書は、個々の自治体の「個別最適」の追求が圏域全体の衰退を招くという強い危機意識をもとに、「個別最適」と「全体最適」の両立を可能とする「圏域マネジメント」の仕組みが必然化するとしている。まさに、この「総合行政主体(フルセット主義)」が平成の大合併を正当化し推進する理論として活用されてきたにもかかわらず、ここにきてその脱却が主張されること自体に矛盾があるばかりでなく、憲法が保障する地方自治の「全権限性の原則」や「補完性の原理」という法的概念とは別物の政治的概念であると指摘される。

 そこで期待されるのが「新たな地域自治組織」であり、それを支える「機能的自治」という考え方である。しかしながら、「『機能的自治』は、当該自治体における居住を要件として当然に住民となり、選挙権の行使等を通して自治体行政への参加権・行政サービス受給権を保障される『区域に基づく地方自治』とは本質的に異なるとされる。このため、『機能的自治』が認められるためには、当該『機能的自治団体』の構成員の利益の均質性・同質性が保証され、当該団体の決定の効果が及ぶ範囲が構成員に限られるなどの制約がある。つまり、『機能的自治』は、『区域に基づく地方自治』におけるような選挙権によって担保されるような住民参加による『民主的正統化』が不足するため、いわば『構成員自治』による『自律的正統化』で補わねばならないという宿命を負っている」(白藤)。こうした制約や限界を抱える「機能的自治」を基盤に「圏域行政・圏域マネジメント」が構想されており、これは地方自治法が前提としてきた「区域に基づく地方自治」を容易に飛び越えて、自治体行政の効率化・共通化・標準化・ネットワーク化・アウトソーシング化をいっそう進める手段となる。

 さらに「機能的自治」「機能的自治団体」には費用負担の問題があるとも指摘されている。区域に基づく地方自治では一般的に租税負担や負担金、分担金等(受益者負担)で徴収されるのに対して、機能的自治では構成員に対する「非租税公課」(税外負担)を負担するための基本的な仕組みに関する議論(誰が、どこまで、どのように、どのような権利をもってなど)が不可欠となるからである。

ますます不安定化する社会教育・生涯学習の財源

 平岡和久は、「これまでの安倍政権下の地方財政改革は『集権的地方財政改革』と特徴付けることができるが、それらは研究会報告が目指す地方行財政の姿を先取りしたもの」と指摘し、「財政赤字下での長期的経済衰退と若年労働力の減少に直面した安倍政権が、経済成長を再び取り戻すことと財政再建、公務員削減を両立させるため一石三鳥の戦略として、『スマート自治体』化と中核都市への行財政権限の集中かを進め、公共部門『身軽化』による法人負担軽減と中核都市の成長拠点化を図るというシナリオがみてとれる」と述べている(図2)。

 そのうえで、自治体財政に次のような影響を与えると予測している。

 第一に、徹底した行政効率化を強引に推進するための改革である。具体的には、破壊的技術の活用や情報システムの共通化による経費削減の努力に応じた交付税算定措置、または広域的なサービスや手続き等の標準化を基本原則とする財政措置が検討されている。そのモデルとなるものが、2019年度から窓口業務の地方交付税基準財政需要額の単位費用を、民間委託等を前提とした算定に切り替えたトップランナー方式の適用である。

 第二に、圏域行政のスタンダード化を強引に促進する地方財政改革である。連携中枢都市への交付税措置などのように、地方交付税の基準財政需要額の算定で圏域行政をスタンダート化することで、自治体への交付額を抑制することが予想されている(過疎対策事業費など)。

 第三に、地方の独自財源の確保とそれによる地方独自の行政サービスの向上への取組を促進することである。これは自治体の課税自主権の発揮とともに税外負担(エリアマネジメント負担金制度など)の導入が含まれるとみなければならず、これらの税外負担は地方交付税総額の抑制根拠ともなり得る。

 こうした地方財政改革のもとで社会教育・生涯学習の位置付けは、ますます不安定で流動的なものとなりつつある。もともと実際に支出されている自治体の社会教育費の20%弱しか交付税の算定で保障されていない(図3)中で、トップランナー方式を反映した基準財政需要額の見直し内容から社会教育・生涯学習関連業務の「算定基礎とする業務改革の内容」を推定すると「指定管理者制度導入、民間委託等」の区分となり、さらに大幅な減額が予想される。これに加えて、「地域の自主性及び自律性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(第9次地方分権一括法)」(二〇一九年三月)によって社会教育施設(公民館、図書館、博物館等)の所管を首長部局に移管することが認められたことで、社会教育費が自治体の行財政改革の影響を直接的に受ける可能性が高まっている。

「小さな自治」の可能性と社会教育

 ここで、改めて「公民館」という社会教育施設の可能性に注目したい。ふつう「公民館」は施設(ハコモノ)を指す言葉として使われるが、長野県飯田市では(公民館)活動を指す言葉として使われている。この違いは、市内に二〇の地域自治区が設置され、自治振興センター(支所)と公民館が必ずセットで配置されていることからもわかる。地域自治区は、地方自治法と合併特例法に規定のある域内分権のシステムである。ここに、自治体は一定の予算と権限を委譲して、地域内の自治を促そうとしている。飯田市は、平成の大合併以前から旧町村を単位に地域自治区及びそれに準ずる制度を導入してきた。その自治の要として、公民館が住民の集会と学びの場となってきたのである。

 飯田市には、「ムトス」運動(一九八二年以来の都市づくりの行動理念/「んとす」=「…しようとする」という意味)に象徴される、住民の自発的な意志や意欲、具体的な行動による地域づくりを奨励する文化や一連の施策がある。そうした住民の主体性を引き出す施策を、若手・中堅職員を意識的・継続的に公民館主事(二〜五年程度)として発令してキャリア形成させる仕組み(ほぼ三分の一の職員が公民館主事を経験していると推定される)や、職員(病院を除く一般事務職員)の一三%強を出先にあたる自治振興センター及び公民館に配置するという地域展開型行政(市役所等に機能を集約する拠点集約型行政の対極に位置付けられる)に見ることができる。

 飯田市では、二〇一一年から九つの中学校区ごとに「小中連携・一貫教育」を導入し、二〇一六年度末には市内のすべての小中学校二八校に「飯田コミュニティスクール」を立ち上げた。「飯田市学校運営協議会規則」(二〇一六年一二月一四日、教委規則第二号)には、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地方教育行政法)第四七条の6に規定する学校運営協議会(第1条)を置く学校の名称を、「飯田コミュニティスクール」とすると定めている(第3条の3)。この協議会は、毎年度、校長が作成する学校運営の基本的な方針(グランドデザイン)を承認し(第4条)、学校が行なった自己評価の検証を行い(第5条)、それを公表することとしている(第5条の2)。委員は校長の推薦によって教育委員会が任命するものの、①地域住民、②保護者、と並んで③公民館長又は公民館主事が選任されることとなっている(第7条)。また、委員は非常勤特別職の地方公務員としての職責を担うものとされている。飯田市教育委員会は、こうした制度のあり方を次のように説明している。「国の進める『コミュニティ・スクール』は地方教育行政法に基づいて教育委員会が設置します。従って、コミュニティスクールに関わり何か問題が生じた場合、最終的に教育委員会が責任を取ることが規則に明文化されているため、責任の所在が明確になります。一方、長野県の進める『信州型コミュニティスクール』は、運営委員会という組織をつくるだけでよく、その役割も『学校運営への参画、学校評価、学校支援』と取り組みやすいものとなっています。飯田市では、国型を基本としながら信州型のよさを取り入れました。」

 ここに、「飯田コミュニティスクール」の大きな特徴があると言える。文科省が進めるコミュニティ・スクールが「学校運営方針の承認」と「職員任用への意見具申」の機能を持つ一方で、信州型コミュニティスクールが「学校評価」と「学校支援」の機能を持つのに対して、飯田コミュニティスクールは国の制度から「職員任用への意見具申」を外しながら信州型の制度をそのまま取り込むというハイブリッド型となっている(図4)。その鍵となる「学校支援」機能を担保するものとして、公民館長及び公民館主事が委員(コーディネーター)として位置づけられているのである。実際に、コミュニティスクールのうち、コーディネーターとして公民館長が七校、公民館主事が一八校で委員に就任している(コーディネーターに公民館長もしくは公民館主事が任命されていない学校は小学校二校、中学校二校のみ)。また、会長に地域自治区(まちづくり委員会)の会長(一九校)・副会長(三校)が就任しているところが二二校、公民館長が四校、その他が二校となっており、飯田コミュニティスクールがいかに地域自治区と公民館に依拠しているかがわかる。

 こうした特徴をもつ飯田コミュニティスクールは、「善い学校づくりに向けて、学校、保護者、地域住民が共に活動することで、善い地域づくりにつながっていきます」というメッセージに見られるように、学校の基本方針(グランドデザイン)の「承認」を行うことで学校運営に対する当事者意識を地域全体で共有するとともに、「市民の感覚を大切にし、地域や保護者の視点で学校運営を考えてみることこそ、意義があります」と学校を核とした地域づくりに取り組もうとしている。

むすび

 これまでも「小さな自治」を支える社会教育の可能性を示す事例として、長野県阿智村の調査・研究が知られている(社会教育・生涯学習研究所、二〇一九年、二〇一二年)。飯田市の事例は、地方自治法による「地域自治組織」を基礎とした社会教育(公民館)が、コミュニティスクールに代表される学校を核とした地域づくりに深く組み込まれることで、「小さな自治」に不可欠の役割を果たしているといえる。

 いま二〇四〇構想によって平成の大合併を超える大きな自治体再編が進められようとしている中で、社会教育・生涯学習はどのような位置を占めるのか。その鍵の一つが、学校との連携を通して「小さな自治」と深く結びついた社会教育のあり方にあると思われる。現在の基礎自治体(区域に基づく地方自治)を超える機能的自治を実現する「圏域行政」には、広域行政にともなう問題がつきまとわざるをえない。その典型が教育・医療・福祉における住民との「距離」の問題である。子どもたちが毎日通う学校が徒歩生活圏にあるのか、スクールバスで片道1時間のところにあるのかは、子育て世代の住民にとっては大きな問題となる。物理的・心理的に学校との距離が遠くなることで、学校のない地域はよりいっそう衰退と消滅の道を歩むことになる。基礎自治体(市町村)にとって学校の存続が、大きな財政的な負担を伴わないことは明らかである(朝岡・石山、二〇一八年)。学校と社会教育施設を地域の自治の拠点として維持することが、地域の存続の鍵となっている。

 学校の統廃合が進められている状況のもとで、小さな基礎自治体から学校教育が圏域マネジメントの対象として切り離される可能性は少なくない。ましてや社会教育施設や事業が基礎自治体から広域行政の枠組みに移され、民間委託の対象となりやすいことは容易に想像される。いま改めて基礎自治体を支える「小さな自治」に深く依拠した社会教育の可能性を追求する必要があろう。

<引用参考文献>

『月刊社会教育』二〇一八年九月号

鈴木敏正・朝岡幸彦編著『社会教育・生涯学習論』学文社、二〇一八年

白藤博行・岡田知弘・平岡和久『「自治体戦略二〇四〇構想」と地方自治』自治体研究社、二〇一九年

社会教育・生涯学習研究所年報第13・14号『小さな自治の可能性と社会教育』二〇一九年、第8号『阿智村に学ぶ』二〇一二年

民主教育研究所『季刊 人間と教育』第一〇〇号、旬報社、二〇一八年

(『月刊社会教育』2019年9月号 No.760)


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