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今日は首の掃除を手伝った。
親戚が一緒に置いていった寸胴鍋に水とたっぷりの重曹を入れ、カセットコンロで約半日グツグツ煮込む。大振りな鍋だがこういう時にはちょうどよかった。玄関に段ボールとビニールシートを敷き、慎重に水を切ってから首を取り出す。その段階で既に一部の肉塊は溶け落ちて鍋に沈んでいった。骨に貼り付いていた肉はすっかり火が通ってとろけ、茶色いぐちゃどろの塊になっていた。『もののけ姫』の冒頭でタタリ神と化したナゴの守が力尽き、急速に腐って骨になったシーンを彷彿とさせる。

まだ残っている肉は手作業で剥いでいく。強く骨に癒着している部分を引っ張ると、筋状にばらけて千切れる。チャーシューに近い質感だ。火が通って半透明になった脂肪を、指でつついて滑らせて落とす。口を開かせると外側とはまた違った肉の感じがある。ぬるりと長いヒルのような肉が出てきた。これは……舌なんだろうか。いわゆる食べ物としての「タン」とは印象が違う。重曹で茹でるとやっぱり状態が変わってしまうんだろうか?
黙々と肉を剥がす。顎と耳周りは複雑に入り組んでいるし、ゼラチン?軟骨?のような、弾力はあるけどやたら硬いものがいっぱい貼り付いている。これを取るのが難しい。キッチンバサミだと刃が厚くて根元が残ってしまう……ニッパー的なものを使うか、地道に包丁なんかで削り落とすのがよさそうだ。
スプーンなども使ってぐりぐりと肉を抉っていく。火の通った肉そのものの臭い。味付けも香り付けもされていない。肉と血と脂がひたすらに一つの鍋の中、湯の中で循環し続け煮詰まった果ての臭い。食欲なんてそそられたものじゃない。ただ、「動物」が「物」になった事実を突きつけてくる臭い。

眼窩を見ると、眼球だったものはすっかり萎んで落ちくぼんでいる。持ち上げてみると中は煮凝りのようになっていた。黒目だった所も潰れている。好奇心から黒目を少しほじくってみると、硬いものがある。取り出して周りのヌルヌルを剥がすと、白濁したやや扁平な球体。これが恐らく水晶体だろう。肉と骨とは少し離れた所に置いておいた。中身はほぼドロドロになっていたものの、いわゆる白目にあたる強膜はなかなか硬い。力任せに握り潰すことは難しそうだ。ぐっと引っ張ると抵抗を感じる。視神経が脳に繋がってて、眼筋は……どこにどう繋がってるんだっけ。そんな想像を巡らせながら、次の瞬間にはブチリと音を立てて眼球が離れた。眼窩の奥を見ると、脳に繋がるであろう穴がはっきり見えた。

あらかた肉を取り終わったら、頭蓋骨の後ろの穴から脳をかき出す。この、マドラーじゃない……柄が長くて掬う部分が小さい……パフェでも食べるようなスプーンを穴に通す。意外にもギチギチに詰まっているような感触ではなく、一気に持っていける分は少なかった。熱で縮んでしまったのかもしれない。かき出した脳はビニール袋に捨てていく。スプーンを少し拭くと、かなり脂っこい軌跡が残る。脳ってタンパク質の塊なイメージがあったけど、こうして見るとめちゃくちゃ脂だ。そうなのか。「カニミソ」のことも少し思い出しながら淡々と頭蓋骨の中を掃除していく。奥の方にスプーンの膨らんだ部分を押し当てると、先ほど見えた眼窩の穴から脳がニュル……と出るのが面白い。

どうしても届かない部分は諦めて、風呂場に移動した。排水口にカバーをかけてから、色々な方向からシャワーをかけて洗い流す。さっき脳をかき出した穴には念入りに水を注ぐ。耳のあたりや眼窩からお湯がピューピュー流れる。肉や脂肪や脳のカスがどんどん落ちていく。排水口カバーはすぐに汚れでいっぱいになる。取り外して入れ替える。風呂場が一気に生暖かく、肉臭くなっていく。
ふと思い立って、洗面台の下に溜めてある古い歯ブラシを持ってきた。シャワーを出しっぱなしにしたまま、口の奥を歯ブラシで擦っていく。これはいい。
もう一度だけカバーを交換して、細かい部分に残った肉や脳を洗い落とした。シャワーで流してももう汚れは出ない。一段落。
浴室全体をシャワーで再度流してから、骨を一度二度振って水を切る。肉と脳がなくなっただけで、随分と軽くなるものだ。バスタオルで包んで、腕の中で転がすように拭う。ああ、タオルに臭い付いちゃうかも。

適当な皿に載せて、あとは自然乾燥させる。乾けば臭いも薄まるだろう。
剥がした肉は、後でまとめて捨てよう。

お疲れさまでした。












シカの頭の話です。
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