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テクノロジーの今を伝え、隣接分野を巻き込むパイオニア|『建築家のためのウェブ発信講義』【試し読み】

建築系ウェブメディア「アーキテクチャーフォト」編集長の後藤連平さんによる新刊建築家のためのウェブ発信講義
藤村龍至さん(RFA)、連勇太朗さん(モクチン企画)、豊田啓介さん(noiz)など、ウェブを使いこなす建築家たちへの取材を交えながら、SNS時代ならではの新しい「建築家」行動戦略を解説した一冊です。

この記事では、4章「ウェブを使いこなす建築家たち 実践・分析編」で、豊田啓介さんによる情報のキュレーションについて紹介した講「テクノロジーの今を伝え、隣接分野を巻き込むパイオニア」の一部を公開します。

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豊田啓介(とよだ・けいすけ)
建築家。安藤忠雄建築研究所を経て、コロンビア大学建築学部修士課程修了。2007年より建築デザイン事務所 noiz を蔡佳萱、酒井康介とともに主宰。東京と台湾をベースに活動する。

現代テクノロジーに精通する建築家

豊田さんの存在を、知ったのはどこだっただろうと思い返してみると、それはTwitter 上だったような気がします。
豊田さんが共同主宰する事務所「noiz」のリニューアル前のウェブサイトは、現在(2017年12月)よりも難解なつくりになっていて、私自身、豊田さんの活動や思想など、その全貌を把握することができない期間が長かったように記憶しています。
ただ、建築分野のなかで、現代のテクノロジーを応用するという立場では、ほかの建築家にはない試みを行っているということだけは確信していました。

現在は、Twitter 上でやり取りさせていただく機会も持つようになったのですが、それはお互いの立場が近かったからかなとも思ったりします。
建築設計の分野で、テクノロジーを活用した設計に取り組み、常に次の時代を探っている豊田さんの社会の見方は、ウェブを活用して建築家の新しい発表の場をつくろうとしているアーキテクチャーフォトの姿勢にどこか通じる部分があり、共感してくれたのかなと想像しています。

テクノロジーの情報をキュレーションすることが自身の建築の理解に

ここでは、豊田さんのTwitter・Facebook をはじめとするSNSでの発信内容に注目していきます。

先程も書いたように、豊田さんの存在を知った当時は、その活動を正確に把握できていませんでした。
しかし、ここ数年の間にだんだんと、豊田さんの試みていること、考えていることが、大まかに理解できるようになりました。
その最大の要因は、私自身が豊田さんのTwitter・Facebook での発信を読み続けてきたことです。

豊田さんのSNS上での投稿・発言を見ていると、ウェブ上に存在する現代テクノロジーに関する記事のリンクが多くを占めているのがわかります。
私自身興味関心のある話題も多いので、それらの投稿を通して、建築分野以外のデジタルテクノロジーの話題に触れることがとても多くなりました。
記事はそれ単体としても興味深いのですが、実は豊田さん独自の視点でキュレーションされているところが大きなポイントだと言えます。
つまり、それらの記事を読むこと自体が、noiz が建築において成し遂げたいことを理解するための補助線になっているのです。

つまり豊田さんは、SNS上で、自身がハブになって、テクノロジー系の情報をキュレーションし、建築関係者に発信することで、フォロワーの基礎知識を向上させ、自身の思考の背景を知らせ、noiz の建築を理解させるという一種の啓蒙活動を地道に時間をかけて行っていたと言えるのです。

社会において、その思想や技術が新しければ新しいほど、理解できる人は少なくなります。
その独自の思想を伝えるという行為は一朝一夕には実現しえません。
理解が広まるまで粘り強く周知し続けることが必要なのです。
SNSのように、人々が日常的に目にする媒体は、特にそれに向いていると言えます。
毎日継続的して豊田さんの投稿を見ていた私は、知らず知らずのうちに、豊田さんのnoiz での試みが理解できるようになっていました。

自身の経験を振り返ってみると、このようなことがありました。

学生時代のヨーロッパ旅行で、ジャン・ヌーベル(Jean Nouvel) 設計のパリの〈カルティエ現代美術財団〉を訪れたときのことです。
その時開催されていたのは、世界的にも著名になったアーティスト・村上隆さんの個展でした。ガラス張りの1階フロアには、村上さんの彫刻作品が展示されていました。
その作品はもちろん素晴らしいものでしたが、地下の展示スペースを見て回った時に、驚きました。
そこには一見、村上さんとは関係ないと思えるような、当時日本で流行していた「チャッピー」(デザイン・スタジオであるグルービジョンズが生み出したキャラクター)などのサブカルチャーの展示が行われていたのです。
私は、村上さんがなぜ自身の展覧会の一部として日本のサブカルチャーを展示したのか理解できませんでしたが、後になり気づきました。

村上さんの作品にとって、日本固有のサブカルチャーの背景・文脈を同時に伝えることが、ヨーロッパの観衆に理解してもらうために必要だったのです。

学問としての建築を志す際には特に、わかる人にだけわかってもらえば良いという考えや、わからない方が間違っていると考える傾向が少なからずあるように思います。
しかし、豊田さんのように地道に伝えるウェブ発信によって、自身の作品の背景にある情報を知ってもらうことで、その先駆的な試みが理解されやすくなるのは言うまでもありません。

異分野の中で「建築家」としての存在を確立する

アーキテクチャーフォトでは、建築のみならず、同時代の様々な分野のメディアもチェックし、ウェブ発信のソースとしています。
その中に、テクノロジーに強いメディアとして『WIRED』(1993年にアメリカで創刊。2017年までウェブと紙の両方で発信していたが、日本版は2018年よりウェブに一元化)があります。
このメディアでは、豊田さんが建築家として登場する場面を目にすることが多々あります。
2017年3月に公開されたポケモンGOなどを手掛けるナイアンティック(アメリカの企業。2015年にGoogle から独立、スマートフォン上での拡張現実技術を利用したオンラインゲーム「イングレス」も同社が開発)のアジア統括本部長・川島優志さんとの対談記事や、2014年10月に開催された「WIRED CONFERENCE 2014」というイベントでの、BIGを率いる建築家のビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)と共に建築家として登壇するなどが特に印象に残っています。

これは、テクノロジー分野において、「建築家と言えば豊田さん」という状況が生まれていることを物語っています。
建築家としての自身の強みは、業界の中だけに向けて発信するもの、という決まりはありません。
ウェブを使用し、建築家という立場でどんどん他分野に向けても発信していく。
そうすることで異なる分野に建築の領域を広げつつ、「その分野に精通した建築家」というポジションを確立し、活動を展開できるのです。

一般社会の現実を見てみると、建築業界の枠組みの外では、私たちが思っている以上に、建築家の存在が認知されていないということは、悲しいけれど事実だと思います(安藤忠雄さんですら知らない知人はたくさんいます)。
ですがそれは、裏を返せば「建築家と言えば○○さん」という状況をつくれる異分野が多数あるとも言えます。
特にインターネットの世界は、業界間の壁が低い、または存在しないと言われています。
Twitter を見ているとわかるのですが、ある人のコメントに対し、その道の専門家から鋭い指摘やアドヴァイスが贈られるということは、日常茶飯事です。


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▼ 続きは本書で ▼

建築家のためのウェブ発信講義

アーキテクチャーフォト・後藤連平 著

ゼロから仕事をつくるためのプロモーション、社会を巻き込む建築理論の構築、施主候補との信頼関係を築くコミュニケーション。建築家9名がウェブ上で打ち出す個性的な実践を手掛りに、読者各々の目的に合った情報発信の方法を丁寧に指南。建築メディアに精通する著者によるSNS時代ならではの新しい「建築家」行動戦略!

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(装丁:UMA / design farm 原田祐馬・山副佳祐)


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