蒲田健の収録後記:古谷経衡さん


極論に抗するのは、孤独であると同時に自由でもある

古谷経衡さんの最新刊「日本を蝕む『極論』の正体」

読んで字のごとく極端な論である「極論」。

“ありえない”と容易に判断でき歯牙にもかけないで聞き流せる、はずのものである。

しかしながら、外部からの監視や点検がなく競争のない閉鎖的な空間においては

状況が変わってくる。

視野が狭窄になり、その論が正当であるという意識にからめとられてしまう。


そして現代ネット社会は極論がより蔓延りやすい環境であると古谷さんは言う。

突出したものは何事によらず人目をひきやすい。その人目を引くものが

クリック一つで拡散される。するとそれがさらに人の目をひく確率が高まる。

それが重なってゆくと、いつしか多くの支持を集める論であるかの如き存在に

なりうる、ということなのだ。


古谷さんは自らを「両極から距離を取ってその中間あたりでニヤニヤしている

“冷笑系”」と位置付けている。

極論は突出しているがゆえに熱狂を生み出しやすい。周りが見えなくなり

ヒートアップする。そこには暴走の危険が伴う。したがって冷や水をかけ

クールダウンを促す存在が一方で必要となる。時にそのアクションは

「空気の読めない、ノリの悪い、シラケた」ものとして遇される可能性がある。

だがその”冷笑系“は、社会の正気を保つためには欠かすことのできない存在で

あるはずだ。


「おかしいと ピンとくる第一印象

        それは大抵 当たっています」


P.S.「王様は裸だ」と言える勇気、言い続ける勇気を持っている「冷笑系」。

真のリテラシーとはかくや、ということを体現している方だとお見受けしました。



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