見出し画像

<独自入手> オウム解散命令記録廃棄の行政文書 見えた”司法”の課題とは

 裁判記録の廃棄問題に社会の関心の高まりを感じる。

 昨年11月22日、「オウム解散命令事件の”記録廃棄”」を私がTwitterで投稿した際には、その後報道各社が相次いでこの事実を報じた。
 さらに、今年の1月31日に、桶川ストーカー事件で被害者遺族が埼玉県警の対応に問題があったとして起こした民事訴訟の記録が廃棄されていることを知り、やはりTwitterで発信した時にも、報道各社が後を追って報じたことに驚いた。

 ただ私は、廃棄の事実のみではなく、いつどのような情報に基づいて廃棄の判断がなされたのかについて知ることも大切だと考えている。それが、なぜ『憲法判例百選』に掲載されている重要事件まで記録が軒並み廃棄されているかを考察するための材料になると思ったからである。


 そこで私は、昨年の11月25日付けで、オウム解散命令事件の記録廃棄に関する司法行政文書の情報公開請求し、今年の2月3日に入手した。


・『廃棄日は回答していません。』

―――記録廃棄を知った経緯
 オウム真理教解散命令の記録に関しては、私はまず、事件当時に裁判を担当した東京地裁民事第8部に電話をして問い合わせた。
 その数日後、電話口で「既に廃棄されています。」との回答を受けた。
 当初は、重要判例の記録が廃棄されていることなど受け止めきれず、頭が真っ白になり、直ぐに電話を切ってしまった。

―――『一国民の問い合わせには答えず、メディアには対応する。』
 脳内を整理して、事の重大さを理解するまで時間がかかったが、今度は「廃棄日」が気になり、再度電話をした。しかし、そういう問い合わせには回答していないと断られた。
 
 次に、東京地裁の総務課広報係へと直接聞きに行ったが、回答していないと素っ気ない対応だった。しかしその頃、メディアの取材に対しては、廃棄日を教えていたのだ。

 一国民の問い合わせには答えず、メディアには対応する。いったいなぜ、このような差をつけるのか、非常に疑問を感じる。
 仮に廃棄日が分かったとしても、廃棄当時に遡って妨害するなど不可能である以上、回答できる質問ではないだろうか。

・情報公開請求への踏み切り

 そこで、”一般人のできる手段”として、
昨年の11月25日付で東京地裁に対し、
廃棄日
廃棄した場所
廃棄の経緯
廃棄した担当者名
事件の概要
の計5点の事由について、情報公開請求をした。

※情報公開とは、行政機関の保有する文書などの情報を公開する制度である。

 最高裁のサイトには、
「裁判所では、司法行政に関して国民に対する説明責任に応えるために、「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」を定め、それに基づいて、司法行政文書を開示しています。」との記載がされている。



 そして、原則として請求のあった日から30日以内に回答しなければいけないと取扱要綱には規定されている。

「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」

第8 開示の申出に対する対応
1 (略)
2 (略)
3 1又は2の通知は、開示の申出があった日から原則として30日以内に行うものとする。


 しかし、本件については、去年12月下旬には「文書の探索及び精査等に時間を要しているため」として、通知の延長がなされ、2か月と7日を費やし、今年の2月1日付で①「事件記録廃棄指示書」、②「平成18年度事件廃棄目録」の計2点の行政文書の開示がなされた。



―――情報公開から見えた”問題”
 だが”問題”は、開示までの長さだけではない。
 私は5点の事由について請求をしたはずだが、開示された文書には、「廃棄された場所」だけでなく、『事件の概要』が記載されていなかったのだ。   
  通知書には『各文書は、存在しない。』と書かれていた。

 このことは何を意味するのだろうか。


・最大の問題は、『裁判所が事件の概要を把握しないまま廃棄の判断をしていること』

―――『一見して重要判例か否かが判断しづらい。』
 私はこの点が、現行の記録廃棄制度の”最大の問題”であると考えた。
 
 私自身、これまで約40件を超える民事記録を閲覧してきたが、裁判記録は紙媒体であり、1つの事件でも、一冊で十数cmにも及ぶファイルが何冊も保管されている。
 ただ、全国各地の裁判所では、記録ファイルの表紙には、担当裁判所、事件番号、事件名、当事者名のみしか記載されておらず、一見して重要判例か否かが判断しづらい。

現実の裁判記録をもとに私が作成した、民事記録の表紙のサンプルである。
どの記録においても先頭になっている。

 上記のサンプルから見ても、一見して重要判例と分かる情報はない。
 「事件名」の部分に、例えば「オウム真理教解散命令請求事件」などと記載されていれば把握ができるだろうが、そうでない事件も多い。

 この「事件名」は、裁判所の正面玄関に掲示している「開廷表」にも同じ名前が記載されることになっている。ただ、私自身、これまで幾度となく開廷表を見てきたが、「損害賠償請求事件」や「土地明渡請求事件」など、請求内容のみであり、どの事件名も一緒である。


―――『事件名は強制ではない。』
 実は、「事件名」を名付けることは強制ではない。
 「事件名」について、民事訴訟規則2条には次のように定められている。

 第二条 訴状、準備書面その他の当事者又は代理人が裁判所に提出すべき書面には、次に掲げる事項を記載し、当事者又は代理人が記名押印するものとする。
一 (略)
二 事件の表示

 この第2条1項2号に規定されている『事件の表示』こそが、「事件名」の部分であり、名付けの権利を持っている者は、「当事者又は代理人」である。
 『事件の表示』とは、単に「損害賠償請求事件」などと、事件が何を請求するものであるかさえ認識できる名前であればよい。
 それゆえ、『事件の表示』を超えて、「事件名」までも記載することは義務付けられていないのだ。

 実際に、法廷内で傍聴人のメモ採取を認めた重要判例(通称:「レペタ事件」)では、『メモ採取不許可国家賠償請求事件』とされていたり、
信仰上の理由で必修科目の履修を拒否した生徒を退学処分としたのは違法と判示した事件(通称:「神戸高専剣道実技拒否事件」)も『進級拒否処分取消請求事件』である。
 全て、「事件名」まで踏み込まずに、『事件の表示』で留まっており、一見して事件の概要が分からない。

 もっとも、法学部生であれば必ず学習する有名判例であるが、全て記録が廃棄されている。

 表紙に一目で分かる「事件名」が記載されず、概要を記した文書も添付されていなければ、結局担当職員は、どういう事件なのかを把握しないまま、廃棄の判断をしていたのではないかと疑問に感じる。
 法学部生であれば必ず学習する有名判例の記録まで、軒並み廃棄されているのは、そういう事情があったと考えられる。

・『事件の概要』を記した文書の作成が、急務ではないか。

 2019年に本件を含む民事記録の大量廃棄が問題となり、改善が図られたようだが、裁判所の運用実態の情報については”閉鎖的”なため、内部事情は分からない。
 実際に私も、東京地裁総務課広報係に、①「記録廃棄の方法」、②「記録廃棄時に記録内容の確認の有無」、③「事件内容を把握して廃棄しているのか」について問い合わせたが、何れも『回答していない』と素っ気ない対応をされた。
 「司法」は、記録に廃棄手順についてさえ秘密にする、そんな”閉鎖的”な現状だ。

―――「事件の概要」を記した行政文書は発行されていないのか。

 現行の運用は不明だが、少なからず、オウム解散命令の記録が廃棄された2006年以前は、「事件の概要」を記した行政文書は発行されていない可能性が高いことは、情報公開の結果からも考察できる。
 もっとも、行政文書は発行されたものの、廃棄されている可能性も排除できないが、何れにしても「不存在」である以上、存在について追求していくことに意義はあるだろう。

―――『重要であるか否かを判断できるシステムを構築すべき』 
 私は、提訴されたと同時に、端的に『事件の概要』を記載した行政文書を作成し、職員ら誰しもが瞬時に、重要であるか否かを判断できるシステムを構築すべきであると考えている。
 これは、担当書記官が事件を担当した時点で、俯瞰的に事案の概要を書き留めるだけでよい。非常に有益であり、簡単な手段だろう。 確かに”ひと手間”かもしれないが、将来の社会に資するほどの重要判例を誤って廃棄することを防ぐためには、必要不可欠なものだ。

・判例は”拘束”するが、過去を遡れない。

 日本は、最高裁がした決定や判決、すなわち『判例』には”拘束力”を生じされることが実務上、有力とされている。
 現に、旧統一教会の解散命令問題では、当初、政府は「刑事罰が科されていることが前提として必要」との姿勢を示していた。
 これは、国内で宗教法人の解散命令を決定した、「オウム真理教」と「明覚寺」は何れも解散命令請求に先行して、幹部に「刑事罰」が科されていた点に”拘束”されていた。

 このように、「判例」には”実務上の拘束力”が生じるものである以上、判決文のみならず、その認定に至った証拠等から分析すべきであり、それには、裁判記録が不可欠だ。
 しかし、様々な有名判例の記録が廃棄されている今、判例は拘束しているが分析はできないという”極めて矛盾”している状態であると言わざるを得ない。


 保管場所などの長期的な改善も必須であるが、まずは裁判所職員らの事件内容の”把握”が保存の有無を選別するのに必要不可欠であり、焦眉の問題であろう。
 二度と同じことを繰り返さぬように、まずは管理する裁判所の職員が”瞬時に事件の概要が分かる”、そんな制度づくりが急務ではないだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?