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2005③

大人になって、まさか我が子以外に名前を付けることになるとは思ってもいなかった。あと、我が子に名前を付けたことがない四十路になるとも、もちろん思っていなかった。

M-1に出場するために、おくちゃんとよじょうちゃんは、コンビ名を付けることになる。

2人ともまだまだイキリ散らかしている頃だったので、

「どうしよか?まあ、なんでもええけどなぁ。」

と気取ってはいたが、実は、僕はうっすら考えていたものがあった。

一つは、漫画『グラップラー刃牙』で知った、伝説の格闘家『前田光世』の海外での通り名だった

コンデ・コマ

もう一つは、映画『帝都物語』で登場する、アジア初のロボット

学天則

当時は、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、ナインティナイン、ロンドンブーツ1号2号など、『ン』が付くコンビ名が売れるといわれていて、

「どうしよか?まあ、なんでもええけどなぁ。」

とかほざいといて、実は思いっきり意識しているのがバレバレで恥ずかしすぎる。憧れの『笑い飯』には余裕で付いていないし。

その二つを聞いたよじょうちゃんは、

「なんなんそれ?笑まあ、どっちでもええで。」

と言ってきた。これは僕の予想だが、よじょうちゃんも『ン』のジンクスは知っていて、僕の提案にはどちらも『ン』が付いていたので、どっちでもよかったのだと思う。よじょうちゃんは続けて、

「まあ、漢字の方がカッコええんちゃう?」

と言ったので、僕は

「そやなぁ。笑い飯も漢字やしなぁ。」

と言った。

恐ろしい男だ。『ン』のジンクスの時は無視しといて、漢字のくだりになって瞬間に『笑い飯』を引用しているのだから。

「じゃあ、書いていくな。」

と言って、よじょうちゃんはエントリー用紙に、淀みなくペンを走らせた。書き直し用に、20枚もエントリー用紙を取ってきたのに19枚も余った。

エントリー用紙を封筒に入れ、ポストに投函するのではなく、なぜかわざわざ次の日に、地元の郵便局の窓口で提出した。もちろん2人で。

そこからしばらくの間、僕はドキドキの日々を過ごした。なぜなら僕はコンビの『代表者』になっているので、僕の家にM-1事務局からの返信が届くからだ。

『お笑いをしようとしていることは、親どころか、地元の誰にもバレてはいけない』

この誓いを守るため、朝と夕方、母親より先にポストを見に行くという動きをしていた。もちろん、この動きも絶対にバレてはいけない。

数日後、オレンジ色の謎の封筒が届いていた。送り主を見ると

M-1グランプリ2005事務局

の文字が。僕は心の中で

『ミッションコンプリートォーーー!!!!』

と叫びながら、急いで部屋に戻り封筒を開けた。中の書類には、

学天即様の一回戦の日程が決まりました。

と書かれていた。10月21日が僕たちの初舞台であるということが書かれていたのだが、そんなことより、学天即?

とりあえず、書類が届いたことを、メールでよじょうちゃんに伝えると、すぐに僕の家に来た。23歳フリーター2人、あまりにもヒマすぎる。

すぐさま、よじょうちゃんに確認した。

「日程はええねんけど、これ学天即ってなってるわ。字間違えた?」

と尋ねると、

「いや、絶対にちゃんと書いたで。」

と答えた。その瞳は嘘をついているようには見えない。事件は迷宮入りかと思ったが、僕は少し不可解に思って、

「ちょっと則って書いてみてくれへん?」

と言った。よじょうちゃんが不思議そうに則と書いた。その仕上がりを見た僕はこう思った。

『めっちゃ即やん。』

よじょうちゃんの字のうまさが仇となり、僕たちのコンビ名は、

学天即

となった。

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