生かされている意味・・・2

前の記事で、生かされている意味とは?ということについて考えてきました。

今度はもっと根源的な内容に入っていきます。

魂とは、命とは・・・。

私が霊魂について興味を持ち始めたのはやはり多感な十代の頃。流行っていた、ということもありますが、不思議な現象については多くの人が興味をもつところではないでしょうか。

身内の生き死にが身近にあると、どうしても考えてしまいます。

霊魂の存在。

母は、妹が亡くなった時、白い光るものを見た、ということを言っています。また、実家では、時折誰もいない2階で、飼っていた猫とも違うちょうど子供が走るようなパタパタ・・という足音を何回か聞いています。(今現在はありません)

そういう不思議な現象があると、どうしても考えてしまうのが「霊魂って本当にあるの?」でした。

キリスト教では、聖霊の存在をしっかりと聖書に書いています。

聖霊は神の御霊であり、神と同一のもの。

キリストが十字架上で死にその3日後に生まれ変わった後、弟子たちに現われ、天にあげられた。その後、神から聖霊が降りてきて、弟子たちに「聖霊降臨」という形で宿った。という物語があります。

その聖霊は、弟子たちに限らず、私たちにも宿り、全てのヒトの魂に宿っているのだ、だから体は神の神殿なのだ、というのがキリスト教の教えにあります。

これと似た話を、ある方のお話の中から聞きました。

その方は、神を「あめのみなかぬしさま」とおっしゃっていますが、天の中心にいる神のことで、アラーともヤハゥエとも、大日如来とも、廬舎那仏ともいうそうです。

つまり、神様の名前は、世界各地で呼び名が変わるけれどもみんな同じ「神」を指しているのだ、ということ。

その神様の針の先ほどの小さな魂を、ヒトは生まれてくるときに分けてもらっている。それを「天のわけみたま」という。

その神の魂が、ヒトの体に宿っているのだから、体は神の宮なのだ。と。

全く同じことを、全然違う所から聞くとは、思ってもみませんでした。

そして、その魂は、何度も生まれ変わるのだ、とも。

なぜ?

修行のために。

それを魂磨きというのですけど、ヒトの魂は、何度もこの世に生まれ変わることによって修行を重ねるのだそう。なぜか。

きっと天の国で大切な神様のお仕事をさせていただくためなのかな、と私は思っているのですが、この世の修行は魂にとってとても楽しく嬉しいものだから、何度でも生まれ変わるのだそうです。

ある人によると300年~400年の周期で生まれ変わるのだ、という方もおられますし、1年で生まれ変わっちゃうという話も聞きました。

いずれにせよ、ヒトの魂は、この世に何度も生まれ変わるのだそうです。

前世の記憶が残る場合もあれば、残らない場合もあります。

私は全く残っていませんが、世界各地で前世の記憶が残っている子どもの話などがあります。

また、理由のつかない「不安」は前世の記憶なのだ、というお話も聞きました。まだそうなっていないのに不安になったりするものは前世の記憶だと。

これも信じる人もいれば信じられない人もいると思います。

私はどちらかというと信じられない方です(笑)

でも、このお話を聞いて、「不安」に対する考え方が一気に軽くなりました。な~~んだ。前世の記憶か~。じゃあ、今不安に思ってることって実際にはならないんだな~、ぐらいで(笑)

キリスト教では、永遠の命のことは言われているけれども、魂の生まれ変わりについては一切否定しています。

それでは、永遠の命とはどういうものなのか。

教会では具体的な言及を避けているように思います。

「魂の生まれ変わり」ということを知って、おそらく、永遠の命も、具体的に存在するからこそ、聖書は伝えているのではないかと思いました。

永遠の命とは、魂のことを指していて、

魂は、永遠に死なない、ということを示しているのではないでしょうか。

肉体は滅びます。

永遠ではありません。

それでは、魂は?

どこからきて、どこへ行くのでしょう。

なんのために生まれてくるのでしょう。





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