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8番とんこつの思い出

9月中旬ごろに8番らーめんの「野菜らーめん とんこつ味」が販売を終了すると聞き、最後の思い出にと近くの店舗に足を運び、大盛りのラーメンを餃子と一緒に頼んだ。
普段から8番は結構な頻度で利用するが、このとんこつラーメンは長らく食べていなかった。そもそも、今は「野菜こく旨ラーメン」という豚骨スープ+マー油が入った(上位互換の)濃厚なラーメンがあり、8番で豚骨ラーメンを食べるならそれで事足りたからだ。
それ以上に8番のこのラーメンから離れていた理由は、ひと言で言えば「薄い」からだ。大学時代に関西で色んな豚骨ラーメンを食べてきた経験からすれば、8番のこのラーメンはあまりに味が薄く、パンチがない。石川、福井県内に家系や二郎系、博多ラーメンなど美味しいラーメン店が進出してきた昨今、このとんこつ味はどこか物足りない。お世辞にも美味しいとは言えず、同じ野菜ラーメンでも味噌や塩バター味の方が好きだった。
よって、このラーメンを久々に食べたのは「あぁ、いよいよ最後なのか」という思い入れ以上に理由はない。テーブルに運ばれたラーメンを口に運び「あぁ、そうそう。この薄さ、申し訳程度のまろやかさ。こんな味だったなぁ」と懐古に浸っていた。

この「懐古」は小学生の頃に遡る。高学年くらいだっただろうか、テレビでは都会のラーメンブームから、画面に何度も美味しそうに湯気を立てる豚骨ラーメンが映っていた。この頃、テレビチャンピオンとかいう番組があって、多分「ラーメン王決定戦」に影響を受けたのだろう。僕は「いつか都会に行ったら、こういう美味しいラーメンをいっぱい食ってやるんだ」と憧れていた。中学校の修学旅行で東京に行った際は、名店のラーメンを食べ比べできる場所に行ったくらいだ。
ただ、普段の生活では早々、本格的な豚骨の美味しいラーメンにありつけない。今でこそ、福井にはチェーンの岩本屋や天下一品のような濃厚豚骨ラーメンを味わえる店や、牟岐縄屋のような本格的なラーメン店があるが、僕が小学生のころは「ラーメン不毛地帯」と言われるくらいに選択肢が少なく、それこそ、この頃の僕の中では「ラーメンといえば8番」しかなかったのだ。
そんな時に食べていたのが、8番の野菜らーめんとんこつ味だった。何度も言うが「野菜らーめん」が主体であくまでもとんこつ味はおまけ程度のため、まろやかさが感じられる以外は特段、何の変哲もない野菜タンメンだ。それでも、当時の僕はこのラーメンをしきりに食べ「これが豚骨か」と嬉しがっていたのだ。

そんな僕に転機が訪れたのは中学生のころ。福井の二宮に(今は横浜ラーメンの店に変わっているが)「無尽蔵」というラーメン屋が出来た。正直、今もイオンモールかほくにあり、たまに食べてみて「こんなもんやったっけ」という感じの味だったが、当時8番しかラーメンの味を知らなかった僕にすればまさに革命だったのだ。
豚骨塩ラーメンと豚骨醤油ラーメンと、2種類の豚骨ラーメンが選べ、麺はぷりっぷりの太麺(これは今でも無尽蔵の良いポイント)、さらに背脂の量も選べ、味もあの8番の野菜とんこつラーメンに比べればしっかり濃厚な豚骨スープの風味がする。母曰く、あっさり系のラーメンも美味しかったことから、家族そろって「8番よりここや!」と、高校時代まですっかりこの店の常連になったことを覚えている。あと、岩本屋も凄く美味かったが、ここは母が「脂が重たい」と好みじゃなかったようで、家族そろって食べるラーメンといえば、いつしか「無尽蔵」に変わっていったのだ。
そうして大学進学後は関西で暮らすようになり、豚骨ラーメンをはじめつけ麺やまぜそば、魚介系に二郎系、横浜家系などさまざまな美味しいラーメンを食べるうちに、8番のことはすっかり忘れていた。北陸に戻って就職し、8番の唐麺や野菜ラーメン塩バター、期間限定ラーメンなどを食べることはあっても、ついぞこの野菜ラーメンとんこつ味を口にすることはなかったのである。理由は単純で、いつも心でこう思っていたからだ。「8番行ってわざわざこのとんこつ味ラーメン食べるくらいなら、他の店で豚骨ラーメン食うわ」。

さて、野菜ラーメンとんこつ味にのっている紅しょうがは子どもの頃、個人的に嫌いでいつも「何でのってるの?」と取り除いていた。今はそんなこともなく、良いアクセントなんだなと思って食べている。豚骨の臭みも(薄いからか)そこまでなく、スープは好意的に言えば飲みやすい。まぁ、淡白過ぎるし、そんなに美味しくないし、思い出の味と言っても今や薄らいじゃっていたけど、このラーメンが子どもの頃の僕に、初めて豚骨ラーメンを教えてくれた。一時的かどうかはさておき、なくなると思うと妙に感慨深いものがある。Twitter上では惜しむ声も上がるほど、よく食べていたお客さんもいたようだ。僕はそんなに好きじゃなかったけど、なんだかんだ愛されていたのだなぁ。だから、最後にこのラーメンに感謝しよう。

「僕の憧れの味を支えてくれてありがとう。お世話になりました」

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