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香流川の終わりから始まりまでチャリで遡る

私は生まれてこの方、愛知県に住み続けている。特にその大半を名古屋市で過ごしているわけだが、ずっと住んでいると些細なことが気になってくる。例えば、守山区に廿軒家(にじっけんや)と呼ばれる地域があるのだが、いったい何故このような名前で呼ばれているのだろうか?

廿軒家の地域にある神社の境内に、その由来についての記述を見つけた。それによると、この一帯は江戸時代の頃は森林地帯で、犬山城主の成瀬氏に仕えた家臣たちが、木材の管理のために屋敷を構えており、それが約20軒あったことが由来だそうだ。

もっとも、これを知ったところで何の役にも立たない。私は廿軒家にはなんの縁もゆかりもないし、できることといえば、せいぜい守山区に住む友人に知識をひけらかすことができるくらいだ。だが、この事実を自分で見つけたという経験は、私の知的好奇心と自尊心を大きく満たしてくれる。

ところで、この廿軒家からほど近いところに2つの川が合流する場所がある。今回、私が気になってしまった些細な場所である。

矢田川と香流川

2つの川の合流地点
左: 矢田川 右: 香流川


廿軒家は守山区の端の地域であり、区の境目には矢田川という川が流れている。この川を少しだけ遡った千代田橋のあたりに合流地点は存在する。合流する川は矢田川と香流川だ。この画像でいうと中央の奥から流れてくる矢田川と、右側から流れてくる香流川が合流して、矢田川になる。

矢田川はしばらく名古屋市内を流れたのち、庄内緑地のあたりで庄内川と合流する。合流後の名前は庄内川である。庄内川はそのまま伊勢湾(名古屋港)に流れていく。川の名前から明らかなように、ここには庄内川>矢田川>香流川という力関係が存在する。

実は私はこの最弱の川、香流川に愛着を感じている。というのも、私は幼少期にこの香流川のすぐそばに住んでいたことがあるからだ。春になると見事な桜並木が見られ、地元の人々は散歩を楽しむ。土手にはサイクリングロードが整備されており、私も春になるとよく自転車を漕いで桜を見に来ていた。

春の香流川


さて、話を合流地点に戻そう。ある日、気持ちのいい秋晴れだったのでサイクリングでもしようと思い、あてもなく自転車を漕いでいたところ、偶然この合流地点にたどり着いた。ここには何度も来たことがあるのだが、この日の私の脳内にふと、ある疑問が湧いてきた。

ここから香流川を遡ったらどうなるのだろうか。

香流川を遡る

この日、暇を持て余していた私はすぐに川を遡ることを決意した。ひとまずGoogle mapを開いて現在位置をスクショしてみる。

スタート地点


前述の通り、香流川にはサイクリングロードが整備されているため、まずはここを辿っていけば良いはずである。合流地点の香流川側にはふれあい橋という橋がかかっているので、ここをスタート地点とした。

ふれあい橋


しばらく漕いでいると桜並木があるエリアについた。この辺りまでは春になるとよく来ているので馴染みがある。

桜が1番多いエリア
場所は名東区の下坪あたり


ちなみに後でGoogle mapを見返して気づいたのだが、このあたりで八前川という川が合流している。香流川と八前川が合流して香流川になっているため、香流川が最弱の川ではないということが早くも証明されてしまったわけだ。ここに何度も来たことがある私が、何故この事実に気づけていなかったのかというと、この八前川は両岸がコンクリートで覆われており、川というより用水路として認識していたからだろう。川と川が合流しているというよりは、用水路が川に流れ出ているという具合である。

香流川と八前川の合流地点
正直、合流地点よりも
裸の王様千種店の方が気になる
何の店かわからないが高評価らしい


そこからさらに漕ぐと引山ICあたりに着いた。このあたりまではある程度予想通りである。この段階でお腹が空いたので、近くにあった丸源に入った。自転車を漕いだ体にラーメンが染みる。ここまでは特に驚きもなく淡々と進んできたが、ここから先はいよいよあまり土地勘がないエリアになってくる。

移動を再開して間もなく、再び川の合流地点に出会った。確認したところ、片方は香流川、もう片方は藤の木川である。またしても香流川が勝っている。香流川は実は案外強い川なのかもしれない。

香流川と藤の木川の合流地点


この合流地点から進むこと約5分、トイレのために立ち寄った川沿いのコンビニの店名に長久手という文字列が含まれていた。ついに長久手市に突入したことになる。長久手市内をしばらく進むと見覚えのある建物が目に入った。長久手市文化の家である。

長久手市文化の家(裏手)


この施設は長久手市の公共文化施設でコンサートホールもある。私も演奏会を聴きに何度か足を運んだことがあるのだが、まさか裏手に香流川が流れているとは夢にも思わなかった。

しばらく長久手市街地を漕ぐとついに舗装された道がなくなった。まわりの雰囲気もいわゆる田舎の街並みにってきている。

長久手市岩作のあたり
近くに長久手中学校がある


この画像からわかるが、このまま行くと森に突入してしまう。しかし、行くしかない。

森の中に入ると舗装されていない自転車道すらなくなった。だが川のすぐ横に舗装された車道があったため、案外楽に漕ぎ進めることができた。もっとも、これが車道なのかはわからないが。

森の中


幸いにも5分程度漕ぐと森はあっさり終わり、再び開けた田んぼのエリアになった。舗装された道もギリギリ存在する。名古屋の住宅街で生まれ育った私ですら懐かしいと感じてしまうような、深いノスタルジーがそこにあった。

長久手市郷前のあたり
近くには長久手温泉ござらっせがある


しばらくえも言われぬ懐かしさに身を任せ、エモすぎるなどと独り言を呟きながら自転車を漕いでいると、唐突に目の前にノスタルジーとは無縁の建物が見えてきた。

あれは...

緑の自然と青い人工物のコントラスト


IKEAだ。奥にはモリコロパークの観覧車も見える。IKEAに近づくにつれて川沿いの歩道も再び整備されてきた。流石、開発の進んでいる地域である。

流石にIKEAの横にもなると歩道が整備される
なぜか立ち入り禁止


香流川がIKEAの横を流れていたことは今回の道中で最大の衝撃だった。テンションは鰻登りだったが、同時に自分がIKEAまで自転車で来てしまったことに気づき、帰り道のことを思うと一気に冷静になってしまった。

IKEAに着いたことで、自分の中に一定の満足感があった。「IKEAの横には香流川が流れている!」という結論はキャッチーであり、自転車の旅としても十分である。このままいつ終わるかもわからない川を遡り続けても仕方がないという思いも出始めていた。


10分ほど悩んだ後、私は再び自転車を漕ぎ出した。今ここで遡ることをやめたら、恐らく二度と香流川のはじまりを見る機会は無いと感じたからだ。そもそも名古屋市からIKEAまで自転車で来ること自体も面倒な話なのに、そこからさらに川を遡ろうと思える日がまた来るのだろうか?

ただし、帰りのことも考えると、遡る限界を設定しなければならない。もしこの川が長久手市を出て、豊田市の山の方に向かうようだったら諦めて引き返すしかないだろう。ところが、そんな私の心配は杞憂に終わる。香流川の始まりは唐突に訪れた。

香流川のはじまり

IKEAから自転車を漕ぐこと10分。香流川沿いを自転車で進むことが難しくなった。IKEAから続いていた川沿いの整備された歩道がなくなったためだ。川沿いはすぐ私有地になっており、人が歩けるような道もないため、私有地沿いの車道まで出て、車道に沿って自転車を漕ぐことにした。車道からは目視で川が確認できないため、適宜Google mapを開いて川から離れ過ぎていないかを確認する必要がある。

幸いにも、車道は川に沿って続いていそうだった。しかし、5分程度進んでからGoogle mapを再度見てみると、あるはずの川が地図上からなくなっていることに気付いた。川から逸れているのではなく川がなくなっているのである。

左上から続いていた香流川が
真ん中あたりでなくなっている


考えられる可能性はふたつある。ひとつはこれ以降、川がGoogle map上に反映されていない可能性、もうひとつが川がここからはじまっている可能性だ。

ひとまず、川がどうなっているのかを目視で見てみないことには始まらない。自転車で川沿いまで行くのは難しそうなので、停められそうな場所に停めて、歩いて確認しに行くことにした。私有地に無断で入るわけにはいかないため、周辺を歩き回っていると、かろうじて川沿いに続いていそうな道を見つけた。そして、ついに地図上で川が消えた地点にたどり着いた私の目の前に、その答えがあった。

地図上で川が消えた地点


雑草が多くて見づらいが、塀に空いた穴から水が流れ出ており、そこから小さな水の流れが始まっている。これ以上川を遡ることはできないし、遡れたとしてもそれは川ではない。ここが香流川のはじまりだ!

始まり地点の地図上の位置
長久手市岩作三ヶ峯あたり

その後

戦いを終えた私は、帰りにIKEAに寄ってソフトクリームを食べた。疲れた体にソフトクリームの甘さが染みる。昼にラーメンを食べた時も同じ感想を言った気がする。この男、染みてばかりである。

ソフトクリームを食べた後、せっかくなのでIKEAを1周した。今になって思うが、なぜ川を遡りきったあとにIKEAの展示を見て回ったのかわからない。我ながらとんでもないバイタリティである。ソフトクリームの写真を撮るのは忘れてしまったが、IKEAの展示の写真は撮っていた。なお、この時の私は「オシャレだけど、天板が木材だと耐熱性が低くて実用性に欠けるんじゃないかなあ」と思っている。

IKEAの展示


IKEAに満足して帰り道を調べたところ、当時私が住んでいた本山までgoogle map上の計算で1時間はかかりそうであることがわかった。その上、川沿いの道はずっと平坦だったが、この帰り道(ほぼ東部丘陵線と東山線沿い)はある程度の起伏もあるだろう。自分の疲労も考慮する必要があるため、実際はもっと時間はかかりそうだ。ある程度覚悟していたが、やはりげんなりしてしまう。私は最後の気力を振り絞って帰路に着いた。


帰りの自転車を漕ぐ中で、今回の旅を振り返っていろいろなことを考えていた。川を遡ったのは単なる暇つぶしに過ぎないが、運良く最高の暇つぶしとなった。今回得た知識や体験は日常生活では役に立たないが、教養として得たものは多かったはずだ。教養は世界の解像度を上げてくれる。今回の思いつきで、私の愛知県に対する解像度はまた一つ上がった。だがそれと同時に、世の中には自分の知らないことなどいくらでもあるのだということも思い知らされた。川一つでもいくつもの発見があった。名古屋全体にはいったいどれほどの発見があるのだろうか。

余談

旅を終えた後にWikipediaの香流川のページを確認してみた。あくまでWikipediaの記述であり、厳密性には欠けるが、やはり香流川の水源はあのあたりで正しいようである。ただ、それよりも面白かったのはWikipediaに書いてあった内容が、本稿に書いたものとかなり共通していたことである。川の合流についてや桜並木についてももちろんだが、極めつけは「万博会場には香流川に沿って自転車で行くことができた」との記載があり、同じことを考える暇な人間がいたのかと感心してしまった。香流川のWikipediaには、私が書いたこの記事よりも高い解像度で香流川について記載されているので、もし香流川に興味が湧いた方がいたら是非見てみてほしい。

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