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トラネキサム酸笑顔【毎週SS】

男は画商であったが、審美眼に恵まれず
仕入れた美術品は尽く売れなかった。
街角に構えたの30坪満たない画廊には、
埃が被った絵画や壺で溢れかえっていた。

親の反対を押し切って美大に進んだものの、
芸術の才を見出される気配がないと見るや、
価値を見出す側であればよかろうと
卒業間近に画商になると決めた。

一向に商才を振るう様子がないため、
親からも別の仕事を探せとせっつかれていた。
しかし男もここまで来てしまった手前、後に引けない状況である。
とはいえ肝心の売り上げがない以上、
このままでは食っていけないこともわかっている。

スタッフルームの陰から、閑古鳥が鳴く己の画廊の先を
誰でもいいから客がその戸を開けるのを、今か今かと待ち構えている。
さながら蟻地獄の様であった。

男には一つだけ楽しみがあった。
入り口の脇に飾ってある
男がはじめて仕入れたキャンバス絵であった。
何の変哲もない女性画であったが、
その微笑が、空虚を生きる男の鎮痛剤になっていた。
(410文字)


最近また仕事に追われて、読む&書くでキャパMax状態です。
落ち着いたらまたコメント書けるかと思います。

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