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『四顧溟濛評言録』

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私、雁琳が書を読み世事を鑑みる中で私かに惟うことを綴りました、中編から長編の文章を載せて参ります。「溟濛」とは薄暗く先の見えないことを指します。どこを見渡してみてもこの暗い世の中… もっと読む
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記事一覧

「歴史家達の闘い」についての雑感

 最近、主に歴史学周辺で「知識がない人の自由な発想」の問題が大きな論議を引き起こしているようである。一躍ベストセラーとなった『応仁の乱』(中公新書、2016年)をはじめ、多くの専門的な啓蒙書を上梓している気鋭の日本中世史研究者の呉座勇一氏(国際日本文化研究センター助教)は、百田尚樹氏や井沢元彦氏、或いは久野潤氏や八幡和郎氏といった、歴史学者ではないが歴史についての通俗書を執筆している著述家達と日夜

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差別の根本原理としての「種」についての省察−病の齎す災厄の下で

 昨今の新型コロナ騒動において、人々の罹患や病死、或いは疫病とそれに対する各種の対策によって引き起こされる経済への大打撃といったその直接的な被害とは別に、人心を惑乱させる出来事が幾つか起こっている。例えば、国境や都市のロックダウンなどの強権的な方策、そして新型コロナウイルスに対する恐怖心からそれを求める民情によって、人々の自由を制限する国家権力がそのまま際限無く肥大化する可能性があることが、主にリ

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「グローバリズムの隠喩」としての新型コロナウィルスの世界史的意味−「市民的公共」の黙示録

 今、新型コロナウイルス(COVID-19)が全世界を恐怖のどん底に陥れている。

 昨年十二月に中国の武漢において発生したこのウイルスは、数ヶ月の内に瞬く間に全世界へと拡散していき、各国では大混乱が巻き起こっている。何れの国においても、マスクは言うまでもなくトイレットペーパーなどの生活必需品や食料品などが買い占められ、遊園地など人の集まる大規模な施設が閉鎖され、更にコンサートから学会まで諸々のイ

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「欲望」についての走り書き的覚書−「欲望とは〈他者〉の欲望である」

 「欲望とは〈他者〉の欲望である」という有名な言葉がある。
 これはフランスの精神分析家ジャック・ラカンの言葉である。「他者」という言葉に山括弧を付けているのは、それが元のフランス語において大文字(l’Autre)だからである。つまり、それは単に「他人」を指しているのではなく、それをも含めた「他なるもの」、すなわち自己ではないものを指していると考えられる。ラカン派の精神分析においては、この〈他者〉

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「地元の名士と若旦那」の豪遊と衰退−JC京都会議の思い出からの連想

 一年に一度、千年の古都の繁華街である祇園と木屋町に札束が降って来る時期がある。高級な背広を着て、胸には同じバッジを付けた大勢の生まれの良さそうな「青年」達が全国からこの街に集まっては、連れ立って夜の街を闊歩し、そこら中でタクシーを飛ばす。彼等は、公益社団法人日本青年会議所(公式略称JCI Japanだが、通例JCと呼ばれている)の会員であり、地方の中小企業の社長であったり、開業医であったり、自分

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「女の、女による、女のための意見表明」が「選ばれなかった男達」を圧殺する−作家アルテイシア女史の婚活コラムを読んで

 令和2年2月6日、『現代ビジネス』にて、「「結婚できない女」と「結婚できない男」、その決定的な違いについて そこから見えるジェンダーギャップ」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70208)という文章が公開された。著者は「アルテイシア」と名乗る文筆家であり、『現代ビジネス』のプロフィールには「1976年、神戸生まれ。大学卒業後、広告会社に勤務。夫であるオタ

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「人間が薄くなる」中で、「文化への意志」を恢復すること

 つい先日、「嘗ては抽象化の象徴として称揚されていた裸婦像が今では「悪い」「性的欲望の対象」としてしか見られなくなっており、「性欲そのままのもの」と「昇華されたものとしての性欲」という区分すら最早考えられなくなった」という一連の議論をTwitterのタイムライン上にて目にした。そこに更に、「今ではあらゆることが両義性や多義性ではなく「文字通り」に受け取られるようになった」という議論が続く。私は曲が

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何故女ばかりが「男でも女でもなく「人間」として見て欲しい」と言うのか

 

 「男でも女でもなく「人間」として見て欲しい」という言葉を何故女性ばかりが言い立てるのか。しばしば「(多くの西欧語でそうなっているように)旧来の価値観では「人間」とは男性であって、女性は「人間」扱いされていないからだ」などと言われるが、女性が「人間」扱いされているか否かは一旦措いておいたとしても、男性身体に基づく身体図式(認識と行為或いは感覚と運動の連関構造による、身体経験を通した自己理解と

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「ジェンダー」は何故「セックス」へと舞い戻るのか−猥語と身体

 

 中央アジア、トルクメニスタンはアハル州にあるダルヴァザという村には、「地獄の門」というクレーターがある。1971年に地質学者がボーリング調査をした際、偶然にも天然ガスに満ちた空洞にぶち当たってしまい、採掘現場諸共奈落の底に落ちる落盤事故が起き、直径50mから100mに至る巨大な穴が空いてしまった。有毒ガスの流出を防ぐために火を灯すことになったが、地下から滔々と溢れ出る可燃性ガスのために以来

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加速する「暗黒」と人間の「影」

再び、「加速」について

 日月が天を巡る速さは古より変わらねども、人の世の動き行く速さは年月の経るにつれていよいよ増しつつあるように感じる。これも偏にインターネットなるものが、距離を越え間髪も入れずに吾々同士を繋ぎ合わせているからであろう。我々は最早「報せを待つ」ことを知らぬと言ってもよい。総ての情報は今や全地球を覆い尽くすようになった電光石火の回線によって瞬時に伝わってしまうのである。経済の根

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催眠術と〈メタコミュニケーション〉の時代

 いつの事だっただろうか、飲み屋か何かで催眠術師にたまたまお会いしたことがある。催眠術を修得しているという人物に会うのは初めてだったので、色々と興味深く話を聞いたものである。彼は、とある別の人の私的なセミナーのような会合に出て、催眠術の技法を授けてもらったのだと言う。催眠術というのはそうやって秘かに伝承されているものなのかなどと感慨を抱いたものである。
 そうして話が盛り上がる内に、実演してみよう

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〈翻訳〉ニック・ランド「暗黒啓蒙」第二部

〈本記事は、ニック・ランド(Nick Land, 1962~)の評論「暗黒啓蒙(dark enlightenment)」(出典:http://www.thedarkenlightenment.com/the-dark-enlightenment-by-nick-land/)(2012年)第二部の翻訳である(第一部はこちら)。ニック・ランドは、昨今千葉雅也氏、仲山ひふみ氏、そして木澤佐登志氏によって

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〈翻訳〉ニック・ランド「暗黒啓蒙」第一部

〈本記事は、ニック・ランド(Nick Land, 1962~)の評論「暗黒啓蒙(dark enlightenment)」(出典:http://www.thedarkenlightenment.com/the-dark-enlightenment-by-nick-land/)(2012年)第一部の翻訳である。ニック・ランドは、昨今千葉雅也氏、仲山ひふみ氏、そして木澤佐登志氏によって紹介されている加速

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人間の愚かさについての哲学的序説−「愚かさ」を理解するとはどういうことか

 人間は愚かだ−今までもしばしばそう言われてきたし、これからもしばしばそう言われ続けるであろう。然り、殆ど多くの場合、人間は愚かだ。我々は往々にして、見通しが利かず、判断を誤るし、思い込みや謬見、或いは短絡的な感情に囚われ、放埓や粗暴に走る。それは事実である。しかしこれほど先進的な文明の中に生きる我々ですら尚もそうだとすれば、人類は文明の誕生以来ずっと知恵を追い求めてきたはずであるのに、尚も愚かし

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