「方法論的女性蔑視」について−『男子劣化社会』を読んで


「かわいそうランキングが世界を支配する」というフレーズを目にしたことはないだろうか。この概念は、アルファツイッタラーであり著名なnoteクリエイターである白饅頭さん(Twitterアカウント(noteアカウント): @terrakei07)が提起したものだ。「かわいそうランキング」とは、世間に「かわいそう」だと思ってもらえるかどうかのランキングを意味する。そして、「かわいそう」だと思ってもらえるかどうかによって社会的に助けられるかどうかが決まってしまうというのである。逆から言えば、かわいそうだと思ってもらいにくい人々は、救済される順序において後回しにされ、畢竟捨て置かれることになる。

現代にあっては、男性と女性の間にそうした「かわいそうランキング」が存在してはいないだろうか。「男性は強者、女性は弱者」というあの使い古された図式は、まさにかわいそうランキングとして機能してはいないか。大手広告代理店に務める若い女子社員一人の過労による自殺が大々的に取り上げられ、それを受けて社会が思い出したように改革されてゆく裏側では、幾千幾万もの名も無きおじさん達が一顧だにされないまま同じ理由で死んでいる。新国立競技場の建設での現場監督の若い男性が過労死したことも、かの女子社員ほど取り上げられはしなかった。ここでどちらの命が重いのか、といった議論をするつもりはない。ただ、少なくとも注目度において凄まじい格差があることは厳然たる事実である。無数の男達の死は、可憐な女子社員一人分の注意も惹けなかったのである。

このような状況下において、昨年の夏に恐るべき書物が邦訳・出版された。その名も『男子劣化社会』(2017年,7月刊)。男子が、劣化している、社会。何とセンセーショナルな書名だろうか。一見したところ男をバッシングする書物のようにも思える。実際、帯文には次のように書かれている。

「ゲームやネットのせい?それとも、優秀で真面目な女子たちのせい?若い男性が学力的、社会的、また性的にも劣化している。彼らはPCの前から動かず自分の部屋から出てこない−先進国共通の男子の問題に解決策はあるのか?」

どうせまた、この社会を悪くしているのはダメな男たちだというお決まりのフレーズを言い募る人々の誰かが男を貶めるために書いたのだろう− 表題を見、上に引いた帯文を読んだ時、私も初めはこのように思ったものだ。ところが一読してみれば、本書の内容はこうした予断を全く裏切るものであった。そこに示されているのは、全てを男の駄目さ加減のせいにする人々の期待を裏切るような、先進国の若い男性を巡る社会構造の行き詰まった状況である。

著者からして紛れもない大物である。スタンフォード大学名誉教授の心理学者フィリップ・ジンバルドーと、彼のアシスタントであるニキータ・クーロン。ジンバルドーはアメリカ心理学会会長を務めたことの他、スタンフォード監獄実験の責任者として知られている人物である。このような心理学の泰斗が(少なくともアメリカ社会において)若い男性が陥っている破滅的な窮状を様々な統計や調査に基づいて告発した書物、それが『男子劣化社会』なのである。

本稿は、この『男子劣化社会』の議論をよすがにしつつ、現代の先進国社会において男性が置かれている苦境について論じてみたい。その上で、状況を的確に捉えるための提案を用意するつもりである。取り上げられる提案は、社会一般へと向けられるメッセージでもあるが、社会改良的な性格を持つものではなく、むしろ最早進退窮まった男性一人一人に与える極限的な次元での生きる術と呼ぶべきものになるだろう−後に詳しくその内実を明かすこととするが、その提案こそが標題に掲げられた「方法論的女性蔑視」である。

この続きをみるには

この続き:10,716文字

「方法論的女性蔑視」について−『男子劣化社会』を読んで

永觀堂雁琳

300円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

28

永觀堂雁琳

『四顧溟濛評言録』

私、永觀堂雁琳が書を読み世事を鑑みる中で私かに惟うことを綴りました、中編から長編の文章を載せて参ります。「溟濛」とは薄暗く先の見えないことを指します。どこを見渡してみてもこの暗い世の中の中に一寸の光明を見付けられますよう、精一杯頑張りますので皆様方におかれましては何卒御購読...
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。