人生の夏休み
きのう、上司と二人で立ち飲み屋に行った。
一通り話が盛り上がったころ、沢木耕太郎の『深夜特急』の話になった。
『深夜特急』は、インドのデリーからロンドンまでを乗合バスだけで旅した様子を綴った紀行文の金字塔で、自分は実家の父親の本棚にあったこの本を中学生のときにはじめて手にとった。
作者である沢木耕太郎は、26歳のときに旅に出ている。
上司はそれに影響されていたらしい。
「俺は26歳になったら、深夜特急みたいに会社をやめて旅に出ようと思っていた。というか、26というのはそうなるべき歳なんだと思ってた。実際は26歳のときにずっと念願だった場所に赴任が決まったから、結局今こうしているんだけどね(笑)
もう一つ、人生の中で一つの目標にしていた年齢があって、それが35歳。そこまでには、結婚して、子どもを持って、仕事もある程度安定してうまくいくようになって、っていうのを漠然と考えていたんだよね。これは独自の哲学だけど」
「自分は30代になりたくないですね。小さいことから、自分にとって夏休みって、感覚的に7月までだったんですよ。8月に入ったらもう夏休み終わる〜〜みたいな感じになっちゃって。
一番盛りの7月って、最初の一週間しかないじゃないですか。夏休みに例えるなら、20代は7月で、30代になったらもう8月みたいな感覚だと思っています」
歳なんてとりたくない、こっちはまだ20代だぞ!って少しだけ攻めてみた。
「・・・お前は今、とても大切なことを言った。わかるか?」
「え、何ですか、わかりませんすみません」
「結局どちらも夏だ、ということだよ。
そう考えると35歳なんて盆明けくらい。海にはクラゲが出てくるから入れないし、ツクツクボウシが鳴き始めて、夏の初めより楽しみは減ってくるかもしれないけど、まだまだ夏なんだよ。楽しいことはたくさんあるしできるってことだ。30代に絶望するな」
上司は43歳。この話でいけば、もう秋口だろうか。
でもめっちゃ生き生きしている。
夏は終わるものじゃなくて、楽しみ続けられなくなった人が自分で勝手に「終わらせてしまう」ものなんじゃないのかな。
今を楽しみ続ける限り、夏は終わらない。
だからこそ、後先なんて考えず、今のうちにたくさん傷ついて、たくさん絶望したい。死ぬほど恥ずかしい思いも、プライドがズタズタになる失敗も、本当にしんどいけど逃げたくない。やりたいことに正直に、貪欲でいたい。
「秋が好きな人なんて考えられないよな!やっぱり夏だよ、夏!
なんかTUBEの前田さんみたいになってきたから帰ろう!」
家路に消えていく上司の背中をみて、そんな人になりたいと思った。
季節としては、ひんやりした風が気持ちよくてなんとなく寂しい気分になる秋も、実はすごく好きだ。
きょうはそんなこと、口が裂けても言えなかったけど。
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