フランスの思い出は未来の残骸


学生時代、フランスをぶらぶらしていた時期があった。理由は第二外国語がフランス語だったのと、フランス文学や映画が好きだったこと、パリ・サンジェルマンのサポーターだったこと、昔ホームステイをしていた先のハウスメイトがフランス人の美女だったこと、ファッションを含むカルチャー全般が好きだったことなどいろいろあるし、もう決定的な理由は覚えていない。ノリだ。

シャルル・ド・ゴールについた。まず拠点をパリしようと思っていたのでホテルを探すも、全く言葉が分からない。俺のリスニング力。近くにいた日本人に日本語で尋ねるところからぼくのフランスは始まった。

モンパルナスに3000円くらいで泊まれるホテルを見つけてチェックインをし終えると、まだ昼過ぎであった。時差ボケがすごい。時差ボケを直すために歩き回った。パリ第8大学に忍び込んだ気もするし(哲学ではかなりの名門だ)、カルチェ・ラタンをあてもなく歩いた気がする。フランスパンを食べた気がする。全然記憶がない。川が見たい、そう思ってセーヌ川に向かうことにした。

眠い。ベンチに座ってセーヌ川を見ていると、現地の大人に話しかけられた(性別は特に明かさないでおく)。……ボンジュール。……ジュマペール。言葉がでてこない。英語を使った。少し伝わって、後はフランス語の単語と、つたなく並べた英語と、時折出てくる日本語で会話をおこなう。とても楽しかったので、そのまま現地のクラブに行ったり、面白い場所を教えてもらったり、やってはいけないことを教えてもらった。たとえば「パリ・サンジェルマンとマルセイユの試合は見るな」と言われる。パリでも見るな、マルセイユに行っても見るな、そう言われた。死者がでるらしいマジかよ。その言葉に従ってパリ・サンジェルマンとブレストの試合を見た。Facebookで友達になった後、しばらく経って別れた。今も元気にしているのだろうか。

ミーハーなので凱旋門を見に行った。レストランや高級ブティックに囲まれたシャンゼリゼ通りを抜けると見えてくる。途中、スリに絡まれた。観光客であるぼくは格好の餌食だったようで、「ドネ モワ ラルジャン! 」(金を出せ)と言われて追いかけられる。想像してみて欲しい。シャンゼリゼ通りを全力疾走している人間、見たことがあるだろうか。あるならすぐに忘れてほしい。パリから離れてベルギーに行った後は、フランスを南下してぶらぶらしていたが、たびたび絡まれたので嫌な記憶しかない

けれど、こうした悪しき思い出は、その土地を離れてしばらくすると不思議なことにノスタルジアへと変わり、今年こそは久しぶりにフランスを訪れようと思っている。ふたたび、「ドネ モワ ラルジャン! 」を聞くために。


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ありとうだにょ!!!
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岡本尚之

コメント2件

今度は是非南仏に❣️人も暖かく同じ国とは思えません。
南仏もいきました!全然違いました!
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