フィルターバブル

金曜日の新宿といえば普段は人気のない店まで活気付いているのだから落ち着いてキウイジュースを飲みながら仕事ができないじゃないか、などとブチギレながらも仕事を終えたので喫茶店をあとにすると街は終電に向かっている人々とカラオケに向かっている人々、三次会四次会に向かう人々で活気付いていた。別にロマンチストを気取るつもりはないのだが実家が線路と近かったこともあって乗り物を見れば二度と出会うことのない刹那に思いを馳せていたりした自分は今でも車窓からの光景やすれ違う人々に対していちいち「ああ、二度と話すことも会うこともないのだなあ、悲しいなあ」と物寂しく思っているためいきなり道を聞かれることで生まれる邂逅について心底嬉しく思えるわけで、稀にある横断歩道の信号待ちの最中、互いの顔を見合わせずに行われる「暑いですねえ」「そうですね」という無意の会話はまばゆい輝きを放っている、のだと信じている(以前そういう会話をしていたらたまたま同じ大学でテンションが上がってベローチェでお茶をした)。しかしながらこういうことは滅多に起きたりしないので毎日無限に、二度と会わない人たちと会い続けることになるのだけれど二度と会わない人たちと毎日会い続けるってなんだかロマンチックでいいよな、と、ここまで考えながら今日も新宿を歩いた。検索サイトのアルゴリズムがフィルターバブルという機能を有して以来、ぼくたちは無数の情報を失い続けてきたという表現もできると思うのだけれど、それはなにもインターネットのなかだけで起きているわけではなく外の世界でも絶え間無く機能を続けている。名称を忘れてしまったが、あることを意識していると自然にその文字列が目に入るようになり、あたかもその文字列があふれているようにみえる錯覚についてもある種のフィルターバブルといえる可能性があるわけで、つまるところアルゴリズム云々といった意味付けをせずとも多くの人は見たい情報しか見なかったりするのだし、それは対人間についても同じで無数のインヴィジブルな存在を生み出すことになっているのだと思う。だからといってウィークタイを望むとか、そういうレベルの話ではなくて純粋に、再現性のない現象それ自体があまりに残酷で救いがない。そして世の中は再現性のない現象で満ち溢れている。金曜日がくるたびに、そのことを痛感するのだ。

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ありとうだにょ!!!
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岡本尚之

1989年生まれ。編集。誰の役にも立たない雑な文を書きます。
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