インタビューってなんですか? 音楽評論家 #柳樂光隆

先日開催されたライター講座、若柳樂音筆の会(のちに若柳宮音筆の会に名称変更。その後、音筆の会に名称変更)の第1講では「インタビューがわからない」というテーマで、編集者の若林恵さん、音楽評論家の柳樂光隆さん、編集者・ライターの宮田文久さんが3時間を超える鼎談を行った。刺激的な一夜を終えて分かったのは、やっぱりインタビューがよく分からないということだった。音楽ライターの柳樂さんとは、色々な場所でインタビューについてお話しさせてもらっている。今回はさまざまな場所で話した柳樂さんのインタビュー論を対談形式にまとめた。はてブでは「しかしこの記事全体は対談だかインタビューだか迷って不時着しているふうにもなっていそうだなー」と書かれるなど、反響もあった。さて柳樂さん、インタビューってなんですか?


とにかく雑誌が大好きな子供だったので、買ったら隅から隅まで読んで何度も読み返してた

岡本:先日の「インタビューがわからない」に参加してみて、改めてなんですけどインタビューって準備から、現場、また原稿化するまでのプロセスが複雑だし、人によって全然違うと思ったんですね。当然ながら、アウトプットするさいは「雑誌」と「ウェブ」でも全然違っているし。

で、話は変わるけど柳樂さんってTwitterの投稿数がいつも尋常じゃないですよね。さっき見たら10万を超えていました。ほんとうに大量の、ジャズについての情報を発信されている。あとはたまにギャルの話や、ライターに向けた話も。そのなかにはもちろん、インタビューについてのツイートも多々あります。

柳樂光隆(以下、柳樂):そうだね、インスタの投稿も4,500を超えてる。まー、メモみたいなもんだからね。

岡本:ウェブメディアでの執筆も雑誌での執筆もそうですが、文字を書くことについて、場所を限定していない印象があります。あと柳樂さんのツイートには雑誌に触れたものもたくさんあって、紙媒体へのリスペクトをものすごく感じられるんですね。お聞きしたいんですけど、柳楽さんにとって、雑誌ってどんなものでしたか?

柳樂:とにかく雑誌が好きな子供だったんですよ。本じゃなくて、雑誌。特にファッション誌とカルチャー誌が好きで。でも、お金ないからそんなに買えないわけですよ。だから買ったら隅から隅まで読んで、何度も読み返して、みたいなことを中学、高校のころやってた。未だにそこに書いてあったこと、載っていたものはかなり覚えてます。

岡本:われわれの出身地(柳樂:島根 岡本:広島)では、本当に情報が入ってこないから雑誌が唯一の情報源といっても過言ではないという背景もありますね……ぼくはどちらかというと書籍でしたが。

柳樂:その中でも『BOON』って雑誌の影響が大きくて。

岡本:どんな雑誌だったんですか?

柳樂:当時すごく人気があって、発行部数もすごかったと思うんだけど、けっこうチャレンジングなことをしていたんですよ。僕がそろそろ洋楽も聴きたいなと思い始めた頃に「スカ特集」と「ヒップホップ特集」があって、しかもカラーで4ページとか6ページとか。

その内容がすごく良くて、ジャマイカのヴィンテージのスカから、ロックステディ、UKの2トーンスカ、そういったスカに影響を受けた日本のスカバンドやスカコアとかも載ってて、きちんとしてたんだよね。それでCD買ってみてスカが好きになっちゃって。

東京に来て最初にしたのは廃盤だったスカ・フレイムスのCDを探すことだったね(笑)。ヒップホップ特集もすごく良くて、僕が最初に買った輸入盤のCDはレッドマンメソッドマン。なんかウータンクランの紹介がいい感じだったんだよね。あとビースティーボーイズランDMCも買ったかな。

岡本:洋楽にどっぷり染まり始めた感じですね。同じくらいの年代のころ、ひたすら60’sのマイナーな雑誌を探して貪るように読んでいました。『シックスティーズ・マガジン』や『モデスティ』という、絶対誰も知らんやろというものまで(笑)。いわゆる「モッズ・カルチャー」が紹介されていて、スカなどの音楽ももちろん載ってましたね。懐かしい。オルガン奏者のジョージィ・フェイムなんかはいまだに聴いています。

柳樂:そうなんだ、そういうのあるよね。でね、他のページではナイキのスニーカーとかヴィンテージのデニムとかが載ってるわけ。でも、当時のファッション誌って“カルチャーの中にファッションもあるんだ”って意識が強くて、裏原系なんて音楽だけじゃなくて服以外のいろんなものとセットだったから、必然的にカルチャーが載っちゃってたの。

スニーカーとヒップホップは思いっきり関係あるし、そうなったらマイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンは関係あるし、彼らとスパイク・リーやタランティーノのブラックムーヴィーは関係あるしね。

当時のファッション誌はそういうものを全部引き受けようとしていたと思うの音楽誌はファッションまでは触らないからね。「今、面白いカルチャーが交差する場所」としてファッションがあって、デザイナーやショップのスタッフもいろんなことにアンテナを張っていて、その感度もよくて精度も高かったから、ファッション業界がある種のハブみたいに機能していた時代だったと思う。

岡本:なるほど〜そういう時代もあったんですね。今の若い人は全然想像できないと思います。

柳樂:だから、そこを紹介していたファッション誌ってすごく刺激的だったんだよ。そのおかげで事故的にスカやヒップホップと出会うことができた。僕は決して、ファッションに詳しい人間じゃないし、おしゃれでもないけど、出発点はそこにあると思う。

だから、ハブみたいな役割とか、クロスカルチャー的なものにはすごく関心があって、自分も音楽を軸にして、そういう役割を持てる活動できないかなってのはいつも思ってるし、やっぱりそれは紙で、雑誌的な形態で何かやりたいみたいなのはあるね。憧憬って部分もあると思うけど。

岡本:かつてのそうしたファッション誌に掲載されている、多(他)ジャンルのインタビューも刺激的でしたよね。ぼくはどちらかというと「ファッションが好き」から読み始めた人間ですが、その頃にはもうハブとしての機能はなかったなあ。ただのカタログでした。文脈なんかなかったし。だから最近はウェブの方が面白いと思うときもよくあります。

ウェブと紙の明確な違いは、見開きがあるかないか

柳樂:でもウェブってね、結局情報が流れてしまうと思うんだよ。どう頑張っても紙と同じように、パッと見たら文脈が分かるようなやり方って難しい。今後変わっていくかもしれないけど。

個人的にさっき話したような、昔読んだ雑誌の特集って見開きのデザインを視覚で覚えてるしね。そこは僕自身が音楽雑誌じゃなくて、カルチャー誌やファッション誌の発想から出発してるからかも。あとは、情報量が多すぎるものをあまりやりたくないんだよね。

岡本:紙の媒体だと、たとえば分かりやすいところに文字の制限がありますよね。一方、ウェブだと「紙幅」という概念がないので、多くの情報を入れることができる。“情報を網羅する”という点でいうと、この差は結構あるような気もしているし、紙のデメリットな気もするんですが、情報量が多すぎるものをやりたくないのはなぜですか?

柳樂:網羅に関していうと、個人的にですが、とても横着だなと思うんですよ片っ端から載せて、ひたすら並べることは「編集」することを放棄している気がしています。だから、そういうものに興味がない。

あとは、コンプリート・ディスクガイドみたいなものにも全く関心がないそもそも「何を載せないか」に美意識が強く表れると思うから。

岡本:「載せないこと」で生まれる美意識とはどんなものでしょう。素人目でみると、美意識は載せたもののなかに表れる気がします。

柳樂:載せたものの中に、重要度や優先度でコントラストを付けないとただの情報になっちゃうじゃないですかそこに濃淡や起伏みたいなものがないと読み物として引っかかりもないしね。フラットにまとめましたみたいなのってフェアに見えるけど、それって結局、どこにもフォーカスしなくて済むから、編集してないのと同じだと思うんですよ。テーマはあるけど、視点と思想がないっていうか。

岡本:それはたしかに。少し前ですが、大量の文字情報だけ載せて、且つどういった思想で編集したのかは知りませんが、誤読を誘うような馬鹿げた記事がありました。ああいうやつですね。

柳樂:載せないっていう選択をしてあるから、載せたものを読者に強く意識させられると思うんですよ。それは本だけじゃなくて、記事を書く時も同じだと思うんだよね。

インタビューはどこから始まって、ぼくたちはそこで何を考えるのか

岡本:インタビューをやっていると、どうしても情報をたくさん載せたいという欲望が出てくると思うんです。その意味ではインタビューはその下準備から、コミュニケーションから、非常に難しい仕事ですよね。柳樂さんはインタビューを通じて、ロバート・グラスパーや他にも著名なミュージシャンと密な関係性を築いていると思います。

柳樂:インタビューに関して僕が考えているのは、インタビュアー=僕の存在は記事にはいらないということ。僕の発言は極力削ります。

インタビュー記事って、みんなインタビュイー(=インタビューの受け手)の言葉として読むわけです。だけど、本来はこっちが聞いたことに対して応えているわけで、その人が話していることのなかに、既にこちらの意図は入っているわけだよね。

岡本:先日もおっしゃっていましたよね。意図せざるところから始まることはありませんし。

柳樂:うん、質問文に自分を過度に盛り込まなくても、その人の発言のなかに必ず僕が入ってしまう。それは否応なしにです。読者的にはそれだけでもお腹いっぱいだと思うので、自分の存在をできるだけ消したくらいがバランスがとれていると思うんですね。

岡本:ぼくはむしろ自分がよく出てくることで、現場の雰囲気の再現性をもたせようとしているのですが、それこそお腹いっぱいになってしまうのかもしれません。

柳樂:現場の雰囲気ってどう頑張っても伝わらないからね。僕はその部分って最初から諦めて捨ててるのかもしれない。いい感じで盛り上がって、その場で僕やその現場にいる誰かについての言及があったりする部分って、バッサリいくことが多いね。あと、自分の言葉が減ったくらいのほうがテンポも良くなることも多いよ。

岡本:参考になる……。自分を消すという意味でいうと、木村俊介さん(プロインタビュアー)なんかが積極的に実践されていますよね。

柳樂:究極はインタビュイーの1人語りに相槌打ってるくらいの感じでいいかなとさえ思ってるし、きっとその方が記事は美しく見える気がする。僕じゃないとできない記事になっていれば、なんでもいいんだよ(笑)。その方がアーティストも前に出てくるから。

この記事 https://natalie.mu/music/pp/crcklcks とか、この記事http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/14842 は「相槌系」のいい記事なんじゃないかな。とくに前者はびっくりするくらい僕の存在感がないんだけど、両方とも現場でもそんなに喋ってなくて、その少ない発言を原稿に落とし込むときにさらに削ったんだよね。でも、いい記事でしょ?

岡本:ほんとだ!(笑)

柳樂:本だったら、監修した『MILES : Reimagined 2010年代のマイルス・デイヴィス・ガイド』が分かりやすいんだけど、あの本はミュージシャンたちにマイルス・デイヴィスについて語ってもらうインタビューが、ひたすら載っているんです。話しているのはたしかに彼らの言葉だけど、マイルスについて語らせているのは僕だからね

基本的に発言の発露はこちらにある。だから正面には出ていないけど、僕の存在はすごく強いんだよ。そういう意味では、元のままだと強すぎる気がしてね。だから、自分をできるだけ消すようにしてる

岡本:インタビューって、質問シートを相手に見せるケースもあると思うんですけど、そこも情報量は極力抑えていますか。

柳樂:インタビューの時はトピックだけ考えていくかな。質問文自体は作らないね。インタビュイーの情報を箇条書きのメモにまとめて、あとは少しだけ、聞きたいことを頭の中でまとめるけど、それ意外は考えない。メモはiPhoneのメモ程度だからだいたいこんな感じ。

スティングのバンドなどで活躍。ギタリスト ドミニク・ミラー 新作リリース&来日記念インタビュー」という記事のもととなったメモ。

基本的には、相手が喋りたいことと、こっちが聞きたいことは別じゃないですか。ここが聴きどころだろう、ここが売りだろうとこっちが思っていても、本人は全然違うことを喋りたいってこと多いじゃん。だから、こっちが聞いたことに反応してくれて喋ってくれるんだったら、話が深まっていくとどんどん内容が逸れていくこともあるけど、どんどん喋ってもらった方が良いかな。そこにその人の本質は出ているわけだから。

でも、こっちも聞きたいことってのはあるわけで、それが聞きたいから来てるだろって部分も譲れない。その場合は聞いてみて、違うなと思ったら、相手に合う別の質問をして、会話がドライブしてきたら、あとからもう一回別の聞き方で聞くとかね。あの手この手を使いつつ、だよね。

なので、インタビューで最初に想定していたものはその場でダメそうならどんどん捨てていく。大きなトピックが3つあって、そのうち2つを捨てても記事が面白くなるなら全然気にしないね。

岡本:予定調和を避けるという意味ではその方法論は重要ですね。ぼくは基本的に、インタビュー前にトピックを決めておいて箇条書きにはするものの、それこそ当日はメモ帳をみないし、メモもしません。下準備についても調べたものを全部記憶しておく感じで。

インタビューは文章を書くというより、相手と向き合う作業だと思っているので、基本的には相手を見て話すし、できるだけ「普段の雰囲気」を作るよう心掛けています。だからたぶん、本題に入るまでに雑談をたくさんしていますし、相手によりますが、贈り物を持っていって渡したりして、少しでも警戒心を解いていきます。そうすると、お互いリラックスして会話をすることができる。

たとえば、2回目、3回目があったとして、「あ、あの時の」と関係性を構築することもできます。アーティストのインタビューを多くしていたので、「次」はとても大切なんですよね。よくやっていたのは、サイン帳を作って、インタビューが終わったあとライブを観にいった時なんかにサインをもらうこと。「サイン帳の人」として覚えてもらえたりする。もはやただのファンなんですが。

柳樂:なるほどね。僕も相手の作品とか持って行くよ。自分がメディアで紹介してたら、その記事も見せるし。少なくとも、この人は自分のことを知ってるんだなと思わせることは関係性の構築には大事だよね。

でも、僕、最初の頃は、当たり前だけどそんなに上手くできなかったんですよ。それで、なぜだめだったかを色々考えると、こちらが用意してきた質問を聞こうとしても、相手はそれをしゃべりたいわけじゃないし、相手の意図と違う場合もある。つまり予定調和も、想定問答もありえない。

たとえ、喋ってくれたとしてもそれは面白い答えじゃない可能性も高い。だから自分の意図というか、エゴを捨てて、相手に合わせるようになった。相手にどんどん喋ってもらうと、こっちが予想してなかった話がどんどん出てきて、大抵は準備してきた情報が役に立たなくなる

岡本:わかる……。

柳樂:僅かな手持ちの知識で何とか対応する感じになって、しんどいんだけど、そういうケースだと必ずいい記事になります。あと大切なのは、相手にもその場で一緒に考えてもらうことかな。

相手にも考えてもらうためには、その状況を作らなくてはいけないから、ちゃんと作るようにはしています。この前、ゆったりと時間がある取材で、質問の後「なんかあったかな」みたいな感じになったけど、笑顔で1分以上黙って待ってたら、いい答えをもらえたよ。そういうのも状況によっては全然ありだよね。考えてほしいってメッセージを出すってのも。

岡本:わ〜、空白の時間はめっちゃ怖いので自分だったら何か喋ってしまうかも……。今のメディアって予定調和をよしとする文化も、もちろんありますけど、相手の側に立ってみると全ての媒体で同じようなことを言っていたらプロモーションにならないわけですよね。それだったら、プレスリリースにインタビューを載せて出してしまえば良い。コストも削減できるし。

予定調和を壊すためにインタビュアーがやらなければならないこと

柳樂:予定調和になると、メディアの意味自体が問われてしまうよね。そもそもメディア、媒体の意味ってそこじゃないですか。個々で違うコンセプトがあるはずだし、それに沿った切り口があるはずで、その媒体にしかできない記事を作ることだから。

そこを放棄したらダメだよね。という意味では、その媒体にどういう記事があったらいいのかを編集者と話して理解しておくことも必要だろうね。

あと大事なのは、60分や40分とか、決められたインタビュー時間があるなかの、最初の5〜10分で、相手と関係性を築くこと。ちゃんと相手のことを調べてきて、その人のことが分かっているっていうのは、最初の質問2つ3つで相手には伝わるだろうから。

それで関係性も築けるし、プレスリリースを読んできただけの人じゃないなって思ったら緊張感も出てくるから。

岡本:緊張感をなくして、こっちもどんどんしゃべって、相手にもどんどんしゃべってもらおうというぼくのスタンスとは、ここで大きな違いがありますね。

柳樂:まあ、そうだね。でも、緊張感はなくしたほうがいいんだよ。で、打ち解けていったところで、本当に聞きたいことをバシッと聞いたり、考えてからしゃべらないと答えが出ないようなことを投げたりする。

そうやって、相手にもその場で即興的に考えさせる質問をすると、絶対に他のメディアとは異なる記事にはなるよね。インタビューだからって質問攻めにするんじゃなくて、相手と一緒に話を深めながら作っていく感じになると、そのぶん、読まれる記事になると思う。

岡本:相手と一緒に作っていくことが大切なんですね。勉強になります。

柳樂:それから僕は、リアクションをちゃんとやっています。たとえば、相手がアルバム名を出して、それが自分も好きだったら「I like it」って言う。別の人の名前が出た時に、その人と会っていたなら「I met him last year」とか、そういうことは言うようにしてる。

そうして、その場その場でのコミュニケーションは大事にしているね。あと、めちゃくちゃ笑うし、めちゃくちゃ頷くし、めちゃくちゃ相手を見ています。基本的に視線はずっと離さない。それも関係性を構築する上では、当たり前のことだけど、実は一番大事なことだと思う。やっぱり究極は個人と個人の一対一のコミュニケーションでしかないので、その場限りの対話を最大限に丁寧にするってことを心がける。それだけです。

そもそも僕のライターとしての最初のインタビューは日野皓正さん(ジャズ・トランペット奏者)だったんだよ。

岡本:あの(笑)。

柳樂:もうね、事前に質問を考えていっても、質問なんか聞いちゃいないんだから(笑)。インタビュー中に突然マドレーヌ渡されたりする(笑)。一緒に食ったよ、マドレーヌ(笑)。

日野さんクラスになるとインタビューもフリージャズみたいな自由過ぎる即興だし、こっちはセッションの相手なんですよ、たぶんね、普通にこいつどんなもんかなって試されてる。

そういうわけ分かんない状況でも記事にはしなきゃいけないわけで、発言をきちんととってくるには、どんな事態が起きても対応できるようにするって感じで、やり方を考えていったのかな。ってことは日野皓正から学んだのかもしんない。

数多くのインタビューが収録されている「Jazz The New Chapter」、その作り方

岡本:日野さん怖すぎる。でもそういった相手とセッションのようにやった方が経験値はあがると、先日アドバイスを受けたばかりでした。ここで、柳樂さん監修でインタビューも多く収録されている「Jazz The New Chapter」の話もさせてください。この本は、ジャズ業界が抱えていた閉塞感を取払い、タイトルの通り、ジャズを真新しいものとして提示しましたよね。

柳樂:最初に作ろうとなったとき、編集者の小熊俊哉はインディーロックが専門で、ジャズの本を作ったことがなかった。当初はジャズのこともよく分かっていませんでした。そういう人にとって、ジャズって怖いじゃないですか。ジャズは知っていなければならない前提がすごく多いみたいなイメージがあって。

岡本:ぼくはジャズの生演奏を初めて聴いたのが、新卒で東京に出てきたばかりのとき、笹塚にあるジャズバーでした。上司に連れられて。メロディを拾うのが精一杯で、正直どう聴けばいいのか分からなかった。

だからその後、ピットイン(新宿)やNARU(御茶ノ水)、それから四谷や江古田、各地で開催されているジャズフェスやブルーノート東京なども行ったんですけど、ちゃんと聴けているか分からないんですね。たしかに、いまだに怖いです。

柳樂:僕もそういうイメージは嫌だった。敷居を下げたかったので、読者がとっつきやすくするために枠組みを作ろうという話をして、まずはやらないことから決めたんですよ。

岡本:枠組みというのはコンセプトのようなもの?

柳樂:まず、ポストモダン的なものを省きました。今、ポストモダンの感じが出てしまうと、掲載しているミュージシャンや彼らの同年代とか、彼らより年下のリスナーや読者にはリアリティがなくなって届かなくなる気がして。

岡本:ジャズでいうポストモダンってどのようなものですか。

柳樂:ニューウェイブとかポストパンクとか、アヴァンギャルド的なものとか、そういう要素があるジャズかな。反体制じゃないけど、何かのアンチとして存在してる感じがあると、若い読者には届かない気がしたんだよね。

岡本:なるほど〜。

柳樂:最初の段階で、あえて文脈を絞ることで入門書としても機能するように配慮しました。記事に関しても、できるだけ凝縮したものにすることを大事にしているから、インタビューは基本2ページから4ページ。

大事な部分だけ残して削ったり、編集をして、読みやすくするのはとても大切にしているし、ページを開いた時にアーティストの写真があって、インタビューで言及されたアルバムのジャケットを並べるだとか、視覚的な工夫もして、「分かりやすさ」についてはすごく意識していますね。

それを仮にウェブでやるとしたら、スクロールをしてページを移動しなければいけなくて、さらにYouTubeのリンクが貼ってあると、脳の構造的に情報を把握するまでに時間がかかるのと、視覚イメージであまり残らない気がするんですね。

岡本:やはり視覚的な、ヴィジュアルイメージを大切にされているんですね。

柳樂:そうだね。見開きの2ページでなんとなく色々なことが分かるという作りにしようと思ってやった。でもそれをやると写真が入るぶん、文字は削らなければいけないわけです。視覚情報を優先するために文字を削るのは仕方ないという。

岡本:話が戻るかもしれませんが、雑誌に期待されているのは、特に音楽誌ではアーティストのテクストだと思っていて、なぜヴィジュアルを重視するのか? という疑問もあります。っていうのは、近年のライフスタイル誌にあるような、余白と写真だらけのページが嫌いだからかもしれませんが(笑)。「nice things.」とか。あれは何の価値を提供しているんですか。

柳樂:ははは。「Jazz The New Chapter」に入ってる文脈って全部拾おうとするとかなり広いし、深いと思うんだよね。だから、その深さや広さを理解しやすいように、ヴィジュアルで補足してあげる感覚っていうか。

文中に出てくるアルバムのジャケットが並んでたりするだけで、脳に焼き付く度合いが全然違うと思うんだよね。だからグラビア的に華やかにするための画像じゃなくて、文字情報と同じ意味合いの画像を的確に加える感覚だね。

岡本:なるほど、それだと分かりやすい。

柳樂メディアにおいて“情報を切る”という行為はとても大切だし、文章もそう。たとえば、原雅明さんとか高橋健太郎さんとかの論考って、言い切るわけですよ。言い切るための前提として、エビデンスはちゃんと提示していくんだけど、ただそれも大事なことをちゃんと積み重ねるだけ。エクスキューズっぽく積み重ねることはしないんですよね。唐木元さんもそうだけど

彼らの文章って、エクスキューズがないのですごく滑らかでちょっと大胆。だから、読んでいくとカタルシスがあると思うんだけど(笑)、そのレベルまでいっていないと、説明的だったりペダンチックだったりして、カタルシスがなくなるじゃないですか。そういう意味ではさまざまな要素を削る大胆さみたいなのは文章にも必要で、それはたぶん、編集も一緒なのかなって気がする

岡本エクスキューズだらけの文章を最近noteでよく見るのですが、忖度しすぎてつまらないと感じてしまいます。だからよほど筆力のある人の文章じゃないと全く残らないし数分後には忘れている。ということは逆機能なのかなと。いま、爽やかで香ばしいテクストって、求められているのでしょうか?

柳樂:あー、ウェブに書いてるとそうなるよね。穴を埋めるように書くっていうか、反応を気にしながら書くっていうかさ。インターネット以降にライターが感じてる難しさって、インターネット上の何かに最適化させるみたいな部分を意識しすぎちゃってることが原因にある気がしてて

僕は逆に音楽雑誌的な音楽評論ど真ん中みたいなことをひたすら丁寧にディープに、でも読みやすくするってことに注力してるんだよね。エクスキューズまみれで忖度している人が多い、もしくは差異を出すためにいろいろ考えすぎててただの飛び道具になってる人も多い中でさ、ひたすら正統派的な感じでやってるんだよ

きちんと正統派をやりきると、変な作為がなくなるから爽やかさは出るし、熱意はあるから香ばしい感じも出るし、ちょうどいいところに着地すると思うんだよな。バズフィードの朽木さんとかそんな感じがする。あの人って特殊に見えるけど、どっからどう見ても超正統派のジャーナリストだよね。

岡本:朽木さんはその意味でものすごくリスペクトしています。書籍も出されますしね。以前、ライターの宮崎智之さんにすすめていただいたT・S・エリオットの文芸批評「伝統と個人の才能」も読んでみたら、より分かりやすくなるかも。あとは、削ることについてもう少し詳しくお聞きしたいのですが。

情報を「捨てる技術」とは

柳樂:基本的にググればなんでも出てくるし、情報は腐るほどあるわけですよ。そこで何が必要かを見極めて選び取って、ストーリーを描くことが求められているんじゃないかな。自分が得たたくさんの情報のなかから、不要な部分をたくさん捨てる技術が求められている気がする。

そもそも情報が詰まりすぎていると読んでて心地よくないし、楽しくないじゃん。よくそこまで調べたね、たくさん情報集めて偉いねってのは、宿題としてはいいけど、商品としては弱いよね僕らはライターであって、研究者じゃないからね。エンターテインメントの部分も大事だから。

岡本:情報を捨てるのって勇気がいると思うのですが、柳樂さんが心掛けている「捨てる技術」はどのようなものでしょうか? 

柳樂:例えば、コンピレーションCDを選曲する感じを想像してみるといいと思う。そのCDのコンセプトを作って、それに合わせて78分とかに収めるように選曲して、心地よく聴こえたり、そのコンセプトの意味が見えやすくなるように曲順を決めるってプロセスなんだけど、それを文章に置き換えたらどうかなと。

好きな曲は山のようにあるけど、時間の制約があるじゃない? だから「この曲があるなら、この曲はテイストが同じだからなくてもいいかな」とか、「このアーティストの曲が多すぎるから、減らすか」とか、そういうシンプルな話もある。

だけど、「このドラマーが参加してる曲が多いとそれがメッセージになるし、そのリズムがアルバムに共通した雰囲気を出してくれるから、入れておこうか」とか、「この曲は売りになるけど、ポップすぎて全体の雰囲気にそぐわないから、入れるか入れないか迷うけど、削ろう」とか、いろんな事情があるでしょ。そういう発想で文章を書いたらどうかな

ちなみにプレイリストだと4時間とか入れられるけど、4時間のプレイリストって中身は聴かれてないだろうから、きちんと聴かれる長さ=読み通せる分量感みたいなことも含めて、CDで考えるのはいいことなんじゃないかなと思うよ。CDくらいのサイズ感って美意識が出るギリギリのサイズな気がするから。ちなみに今はいろんなアーティストがきちんと聴いてほしいから、CDじゃなくてレコードくらいのサイズのトータル45分とかのアルバムを出すことも多いよね。それってなんかのヒントになりそう。

岡本:だし、示唆的ですよね。じゃあ情報を捨てられないって悩んでいるライターは、ロジカルに考えることができていないので、スタートラインにも立てていなさそうですね。

柳樂:最終的には、その原稿で扱う対象の素晴らしさがわかっていて、その素晴らしさの中のどの部分を読者に見せたいのかをきちんと把握できてると、自然とそれなりのものが書ける気がするけどね。

見せたい部分から逆算して筋道を立ててながら書けば、大事な部分をハイライトしたような原稿になると思う。そうなると、自分が建てた筋道の外にある情報は自然に落ちていくんじゃないかな。だから、その原稿が目指すべき目的やその目的のために適切な枠組みみたいなものを考えたら、あとはそれに沿って、その対象の素晴らしさについてまっすぐ書けばいいと思う。

あと、「○○について書いてるのに△△についての情報がない」みたいな意見は無視。「それは知ってるけど、俺が建てた筋道にはそれは入らん、うるせえよ」って思えばいいですよ(笑)大事なのは情報じゃなくて、テクストだから。

柳樂光隆
1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。

photo by Sakie Miura

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岡本尚之

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