哀愁の町に霧が降るのだ

年末年始、扁桃炎になったと思ったら気管支炎になって10日間の休みはほとんど泡となり消えていった。動くのも面倒だったので実家に帰ろうか帰るまいか悩んだすえ、片道5時間かけてふらふらしながらも帰ることにした。道中の記憶はない。

実家では風邪のためにほぼ寝ていたのと、起きてきた冬眠中のカメムシと格闘していた。なぜか去年からカメムシが発生し始めた。不吉、臭い。親戚付き合いもできず、家族サービスもできず、ついでに親孝行もできないまま、家族よりもカメムシといた。しかし考えてみれば3ヶ月に1度は帰って顔は見せているわけだし法事とかで親戚にも会っているのでたぶん相殺されるだろう、うん。というか、結局のところわらわらと集う親戚を避けるため部屋にこもって本を読む、プレステ2をやる、卒業アルバムを読むなど、例年のことを考えればやっていることは同じだったりするのだ。顔を合わせればどうせ「見合い話」が待っている。結婚式で、「パートナーとはお見合いで出会って」と、「パートナーとはTinderで意気投合して」というスピーチの違いについて考える。時代性、なんてものを無視すれば、今も昔も同じことを繰り返している気がする。くりかえしのMUSIC。今年も、『スラムダンク』と『ホイッスル』を延々と読む。

そもそも家が田舎で、本当にトトロが出そうなところにあって街灯さえほとんどない、マジで危ない。たまに人が溝に落ちてレスキュー案件になる。この田舎すぎる街に目をつけた宮崎駿がしばらく過ごし、ぼうっと海を眺めていたら思いついたのが『崖の上のポニョ』ということもあり、この街はジブリと地続きでつながっている。学生時分に帰省したらヒュー・ジャックマンに会ったので、この街はハリウッドともつながりを得た。

「人里離れる」にも良し悪しはあって、誰かと遊ぶためにわざわざ外に出る気にもならず、家でゴロゴロして寝てゴロゴロして寝てゴロゴロして寝てゴロゴロして寝てゴロゴロして寝てゴロゴロして寝てゴロゴロして寝て体重が増えた。お正月番組を観忘れたままに三が日が過ぎ、東京に戻るのも億劫になったところでそろそろ帰りなさいみたいな雰囲気になったがそういえばデートじみた約束をしていたのだった! と我に返って東京に帰った。地元の最寄駅に向かう道すがら、車を運転する親から不意に「ああ、そういえば○○ちゃん(同級生、初恋の)結婚するらしいよ。最近連絡とってる?」といういらない情報をもらって知らんとだけ答え、乗車率150%に乗り込む。なぜ、今なのか。なぜ、こんな思いをしながら150%で潰されそうになっているのか。泣いた。ゆずの歌に「嗚呼、青春の日々」という名曲がある。何回も聴いた。新幹線に乗る全身の汗腺からはおびただしい汗が出ていた。目からもたぶん出た。別に誰かと結婚したいという気もそんなになかったのだけれど、「誰かの結婚」によって失われる何かはそこにあった。走馬灯のように思い出が駆け巡っていたら、気付けば都内の家の前についていて、ドアを開けるとテレビの音だけが聞こえてきた。

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ありとうだにょ!!!
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岡本尚之

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