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【小説】駆けて!ホンマチ㉒

 肩を震わせ、怒りに満ちた表情のマドンナ。その険しくも美しい眼光に、俊夫は見覚えがある。

 つい先ほど、真汐が見せた目つきとの酷似性に、二人は深い関連があると悟った。

 恐らく真汐とマドンナは血縁関係にある。高倉健の苗字が真汐と同じ『神谷』だという事実も、俊夫の推測を後押しした。

「そういうことか・・」


「あんたたち、こんなに大勢でたった一人を痛めつけて恥ずかしくないの!」

 鬼のような形相のマドンナは、両手に持ったローヒールを乱暴に振り回しながら男たちを攻撃する。捨て身で猛然と襲い掛かり、時にローヒールの踵を男の頭にクリーンヒットさせながら、次々と男たちを蹴散らせていった。

「二度とこの人に手を出すんじゃないわよ!」


 退散していく男たちに対し、そう啖呵を切ったマドンナに、周囲の人たちから拍手が沸き起こる。

 一人の美女が演じた見事な大活劇に沸き返る本町商店街。裸足で立ちはだかる美しき姿は見るもの心を捕らえて離さなかった。劇場外のスタンディングオベーションは、しばらく鳴り止むことを知らなかった。

 マドンナ争奪レースに終止符が打たれた瞬間でもあった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 当時を懐かしそうに振り返るトシ君は、終始にこやかに目を細めていた。

 私は、よもやの展開となったストーリーに、ただ目を見開いて耳を傾けることしかできなかった。

 おばあちゃんに、そんな男勝りの逸話があろうとは、驚く以外になかったが、じんと胸が熱くなる。


「ごめん、ちょっと外で煙草吸わせて」

 立ち上がってハーフパンツのポケットを探りながらそう断りを入れるトシ君のその言葉で、私は思い出した。

「そうだ、これ渡さなきゃ」

 リュックから取り出したそれを見て、トシ君は目を丸くしていた。

「あのときの忘れ物。ほら、ソルティのテーブルに置きっぱだったから、私が持ってきたの。そのまま渡せなかったけど」

「つまり、50年前のハイライトか。こいつはいいや」

「外じゃなくて、ここで吸っても大丈夫ですから」

 私の言葉に恐縮しながらハイライトに火を点けたトシ君は、少しむせるようにしながら煙を吐いた。

「きついなあ、これ」

 苦笑するトシ君の表情が、ソルティで苦手なトマトを食べている顔とオーバーラップした。私もつられるようにして笑った。


「あら、何のお話で盛り上がっているのかしら?」

 奥様が冷たい麦茶を持ってきてくれた。老舗有名店のお煎餅も添えられている。

「ああ、ただの昔話だよ。50年前のね」

「まあ、あなたまで私をからかって」

 奥様は胸の前にお盆を抱き抱え、すねるような態度で「ごゆっくりどうぞ」と笑って去っていった。


「それから懸命に探したんだ。真汐さんを。でも見つけられなかった。帰ってしまったんだと落胆したよ」

 手にしていた麦茶をコースターに戻し、私は姿勢を正した。

「ごめんなさい。勝手に帰ってきちゃって。まだ帰りたくないって、必死に抵抗したんだけど・・。トシ君に理由を話せなくて物凄く後悔してたの。本当にごめんなさい。それと、おじいちゃんのことを守ってくれて、ありがとう」

「いや、僕は結局何の力にもなれなかった。というより、あの二人には誰の力も必要なかったんだよ。真汐さんの力以外はね」


 窮地に追いやられたおじいちゃんの存在を、私がおばあちゃんに伝えた時点で、すべてが完結に向かったのだとトシ君は説いた。その伝達役は、私以外には務まらなかったことも強調してくれた。

 おばあちゃんの一途な想いが起こした無鉄砲ともいえる行動。愛のなせる業という以外に説明不能な女だてらの武勇伝は、その後数年に渡り本町商店街の語り草になっていたという。


「あれ以来マドンナと高倉健、真汐さんのお婆様とお爺様は、本町に姿を現さなくなった。そりゃそうだ。あんな酷い目に遭ったんだからね」

 トシ君は大きくひとつ煙を吐いて、煙草を灰皿に揉み消した。


 結局のところ、おばあちゃんはおじいちゃんに一目惚れしていたということに落ち着くのだろう。恋愛のスタートには、色々な形があるのだと学ばされる。


 その後、二人の姿が現れることはなかったが、その存在は本町中に強く残り、おじいちゃんに暴行を働いた面々は後ろ指を指されながらの生活を余儀なくされたという。

 トシ君もその一人ではあったが、仲間内からの風当たりは強くなかったと聞き、私は安心した。私からの要求を遂行したことで、トシ君に不当な制裁が加えられることは、最も恐れていたことだった。


「あの日に起きた出来事を、上手く説明する手立てがない。あらかじめ用意されていた筋書き通りに、僕らは操られていた。そう結論付けるのが一番しっくりくる。そう思わないか?」


 50年前の語り部の役割は終了していたとばかり思い込んでいたが、トシ君の『追伸』的なストーリーに、私は再び耳を傾けることになった。

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