見出し画像

『弁財天?!』追記あり。

皆さん、こんにちわ。

臥龍桜です。


前回は、弁財天さんをちゃんと調べて

『見つけた!』

で終わりました。

何を見つけたか。

今回も長文になるとは想いますが
極力単純に分かりやすくお話するつもりです。

どうぞ最後までお付き合いください。

では本題へ入ります。

弁財天とは

皆さんもご存知の通り弁財天は七福神さんの1人です。

元々はインドのヒンドゥー教の女神サラスヴァティが、仏教に取り込まれて、※神仏習合※で神道にも取り込まれて。弁財天になったと言われています。

※神仏習合とは読んで字の如く、神様と仏様を一緒にした事です。聖徳太子が神仏習合したと
言われています。

例えて言うと。不動明王とシヴァですね。

不動明王とシヴァは同一視されています。
この様な事です。

弁財天がヒンドゥー教のサラスヴァティだと分かった所で

サラスヴァティとはヒンドゥー教ではどの様な神さんなのか、お話していきます。

まずサラスヴァティとはサンスクリット語で
水を持つもの。

水と豊作の神だと言われています。

伝えられてる話では、額に三日月の印をつけ
4本の腕を持ち、2本の腕には数珠と経典を持ち

もう2本の腕で日本でいうビワの様な楽器を持ち。孔雀、白鳥に乗るとされています。

旦那さんはブラフマーと言ってヒンドゥー教の創造の神とされています。
日本でいう、イザナギさん、イザナギさん
もしくは、アメノミナカヌシの様な立場の人ですね。

余談ですが。釈迦がブッタ、目覚めた人になるのを手助けした人と言う話もあります。
ブラフマーはこの世界に肉体を持たず、肉体を持った時の名前がブラフマンだとも言われています。

本題へ戻ります。他の文献などには
二本の腕、八本の腕の弁財天がいます。

二本の腕の弁財天は楽器を持ってる姿です。
1番見慣れていると想います。

八本の腕の弁財天は、
弓、矢、刀、矛(ほこ)、斧、長杵、鉄輪、羂索(けんさく・投げ縄)を持つと言われていて。

また、サラスヴァティに似ているヒンドゥー教の神で

パールヴァティと言う女神がいて
パールヴァティーはシヴァ神の奥さんです。

そしてドゥルガーと言う女神がいて
戦いに要請され八本の腕に武器を持った姿が
弁財天の八本の腕の元になったんではないかと想われます。

またパールヴァティとドゥルガーを同一視していました。

ザッとまとめますと。

弁財天の元はヒンドゥー教のサラスヴァティとパールヴァティとドゥルガー

パールヴァティとドゥルガーは同一視されていたのでこの2人の女神が

仏教に取り込まれて、神仏習合で神道にも取り込まれて。

弁財天になった。

ということになります。 

※写真はフリー素材や著作年数が10年以上経ったものを使用しています。もし著作権に触れる様ならご連絡いただきましたら、すぐに削除します。

下の写真が
サラスヴァティです。

もう一つ下の写真が

パールヴァティであり、ドゥルガーです。

パールヴァティでありドゥルガーの写真は武器を持っていますね。

では、日本の武器を持った弁財天さん
8本腕の弁財天さんを見てみましょう。

この写真からもら分かる様に

やはり弁財天さんは

サラスヴァティ、パールヴァティ、ドゥルガー

が神仏習合により弁財天さんとなったんだな。

と何となくお分かりいただけたと想います。

しかし

皆さん何かを疑問に感じませんか?

そうです!

サラスヴァティやパールヴァティ、

ドゥルガーと誰が習合したかです。

ではお話を続けます。

いきなりですが!

高野山(金峰山寺)の

七弁財天は知っていますか?

高野山には七体の弁財天が高野山に
祀られています。

ちょっと不謹慎ですが分かりやすく言うなら
ディズニーランドの隠れミッキーの様な感じです。

僕がこの事を知った時に疑問に想ったのは
七体って多すぎない?

です。

一つならまだ何となく何か縁があるのかな?
七福神だから縁起の為かな?

と想えるのですが、、、、、

七体って、、、

色々考えました。

色々調べました。

そしてある写真を見た時に

僕的に

謎がとけました。

ではまず

高野山七弁財天さんの写真をご覧ください。

高野山 七弁財天の一つ



高野山 七弁財天の一つ

では、最後にこちらをご覧ください。


手に弓を持ち

背に矢を沢山背負っていますね。

見づらいですが、右斜めに刀も見えますね。

皆さんにはどの様に映りますか?





実はこの最後の写真は






浅間神社にある天照大御神さんの姿です。

スサノオさんが高天原を襲いに来たと想い
スサノオさんと戦う準備をした時の姿です。
※ウケイの姿とも言われています。

※かなり簡単に言うとウケイとは、自分の正統性を証明する為の儀式です。


ホツマツタエでは

このウケイをスサノオさんとしたのは

稚日女尊(わかひるめ)さん

と書かれています。


前に稚日女尊さんの事をお話しましたね。

琴の才能が素晴らしかったと。

厳密に言うと『八雲琴』の名手だったと
記録にあります。

そして武器を持ち戦う姿。

まるで

琴を弾くサラスヴァティの様で

武器を持ち戦う、パールヴァティ、ドゥルガーの様

そして

丹生都比売神社の

丹生都比売(にゅうつひめ)さんは

稚日女尊(わかひめ)さんの別名

丹生都比売さんは高野山の護り神

高野山には御社という社があり

簡単に言うと

丹生都比売さんと狩場明神さんを

祀ってある神社がある。

そして

七つの弁財天。 

それと

天河大弁財天社の

伊勢神宮内宮の女神

この全てが稚日女尊さんと繋がりませんか?

僕的には

聖徳太子さんは日本の古来から祀られている
神様を仏教など海外からの宗教から守る為に
争うのではなく

神仏習合をして守ったんじゃないかと想います。

聖徳太子さんがいた時代、簡単に言うと

(今は名前も変わり存在しない?とも言われていますが。僕は存在していたと想います。)

すでに、日本の政治には日本人以外の海外の方が日本の政治にも関わっていました。

今でいう、ハーフの人達や2世の人達もいました。

その様な中での

神仏習合という考えだったのではないかと想います。

また空海さんは

弁財天さんが稚日女尊さんとサラスヴァティ、パールヴァティ、ドゥルガの習合したものだと
知っていたんじゃないか?

または、途中で知ったんじゃないかと想います。

もし、それを知らなかったとしたら

御社という神社をわざわざ高野山に造る事は無かった、七弁財天さんを造る事は無かったと想います。

空海さんは聖徳太子さんの

神仏習合という考え、想いに

賛同と感謝をしていたんじゃないかと

想います。

何故か?

空海さんの母親は

秦氏だからです。

秦氏とは

日本人ではありません。
渡来人です。

京都の伏見稲荷や松尾大社、伊勢神宮にも
深く関わりがあります。

その秦氏の母親を持つのが

弘法大師 空海さんなんです。

さて。

今日はここまでにしましょう。

皆さんはどう想いましたか?
また、分かりやすい様に簡単に書いたつもりですが、皆さんには伝わったでしょうか?

伝わったら良いなと想っています。

次回はこの件について

皆さんにお話したいと想います。

きっと皆さんも想っていると想います。

『結局、天照大御神は男性なのか?

女性なのか?稚日女尊は天照大御神

じゃないのか?』

そこについてお話したいと想います。

次回

『絡まりあう糸をほどく』

以上。

臥龍桜でした。

長々とありがとうございます。

追記

書くのを忘れていました。

ヒルコさんを流す場面を彫ってある

歌姫明神

その場所から少し離れた場所に

この様な、昔話があります。

インドからお姫様が流れついた。

この様な、話もある事から。

何らかの関係性があったと考えられます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?