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"クッキングパパとソ連大韓航空機撃墜事件"(2018.3.1の日記)

サンホールに勤めていた頃、誰かが置いていった週刊モーニングで僕が初めてクッキングパパを読んだのがタコしゃぶという回だ。
そしてクッキングパパでは重たいテーマのひとつかもしれない。

荒岩の妻虹子は新聞記者で博多から北海道に取材に行く。その中で稚内の宗谷岬で行われる陶芸の野焼きのイベントを取材する。
その中心人物である博多の女性陶芸家がなぜ稚内で野焼きをすることになったかという問いに彼女は息子のおかげだと答える。

どういうことかというと彼女は航空機撃墜事故で息子夫婦を失くして毎年慰霊祭に参加しているうちに地元と交流が出来ついには野焼きのイベントを開催するようになったのだ。

ここでいう航空機撃墜事故というのは日本ないし北海道近辺ではあの事件しかない。1983年に起こった大韓航空機撃墜事件のことだ。
おそらく40代以降の人なら知っていると思うが大韓航空の旅客機がカムチャッカ〜樺太を領空侵犯したとし、ソ連機が撃墜したのだ。
この事件は世界中に激震が走りもちろん日本でもソ連に対して非難の声が高まった。遺体もほとんど回収出来なかった(残骸など含めソ連が回収し処分したという)。
しかしこの回は女性陶芸家を含め誰も涙を流す場面はない、登場人物みんな笑顔なのだ。おそらく作者のうえやまとちが取材したのをそのまま漫画で描いたのだと思われる。
それでも女性陶芸家=岡さんが野焼きの最中うたた寝をし息子との思い出の夢を見ることからその心中を察することが出来る。
この岡さんこと岡仁子さんは実在の人物である。稚内市以外の近隣地区でも野焼きは行われるようになったが最初の稚内は地元ボランティアが高齢化、活動と開催は終了したようだ。
岡さん自身も既に80才を越え、身体も悪くし行けないこともあるという。


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