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水からいちばん近いところで⑤ 【日記】Where is the key?

そしてようやく温泉へ。

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ただもう正直に言うと、今となってはこの頃の記憶が定かではない。結末を先延ばしにしたからこうなったんだ。3週間前の出来事を日記として書くこの苦難は、預言者イザヤも想定出来なかったことでしょう。日記の続きを楽しみにしていただいてた方には大変申し訳ないのですが、ここから先は、実際にあった出来事と虚構とが混在した日記というか、与太話としてお楽しみいただけたら幸いです。

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玄関に設置された木製の趣きのある靴箱には番号が記されていた。僕は自分の誕生日にちなんで、NO.49を選んだ。そこにお気に入りの靴、オールブラックレザー仕様のNIKEコルテッツを収納した。なんか気分がいいな。

入浴料は友達が無料券を持っていたのでありがたいことにタダで入ることができた。受付で靴箱の鍵を預けて入場するのかと思っていたが、ここでは各自持参して入場するとのこと。

そして脱衣所のロッカーは中学2年の時の出席番号14番にちなんで、140番と記されたロッカーを使用した。これで現在、所持している鍵は家の鍵と靴箱の鍵とロッカーの鍵の計3つ。忘れないように。

浴場は休日とあって混雑していた。特に今流行ってるサウナの中をのぞいてみると多くの中高年の男性が鎮座しており、どことなく蒸し器の中に陳列された、かわいいシュウマイたちのように思えた。友達はサウナが大好物なんで、湯舟につかることなくシュウマイの仲間入りをしていた。僕はシュウマイは好きだけどサウナは息苦しくなるから入らない。

とりあえず普通の大きな湯舟に浸かり、次にジェットバスに入った。それで、となりのジェットバスに浸かっていた人を見て、少し不思議に思うことがあった。

ロッカーの鍵はよくあるカールコードのブレスレットになってるタイプで、てっきり手首につけるものだと思っていたんだけど、その人は足首に着用していた。

もうずいぶんと昔に、ミサンガを足首に巻いている人をよく見かけたけど、それは悪いものが地面から這い上がってくるって信じられてたからであって、しかもポルトガルかどこかの遠い国の風習で、そもそもロッカーの鍵であってミサンガではない。なんでこの人は足首にロッカーの鍵をつけてるのだろう?歩いてる最中とか湯舟の中とかで落としたりせんのかな?

まあ、そんなことを思いつつジェットバスから上がって洗い場へ。

そして髪を洗っている最中に気がついた。

手首につけてる鍵が邪魔になるんだなあ。だからあの人は足首に付けてたんだ!なるほど。さっそく僕は鍵を足首につけて髪を洗って体も洗って、再び湯舟へ。

もうそろそろ上がろうと友達を探してたら、彼はまだ蒸し器のなかでシュウマイ中だったので何も言わずに退室した。

そしてここで問題が発生。足首に付けていたはずのロッカーの鍵がない。

どこからともなく井上陽水のこんな歌が脳内に流れてきたよ。

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都会では 自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今の僕 鍵がない

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
このまま出れるかな? 裸で〜♫

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このまま外に出られるわけもなく、鍵を探しに再び浴場へ。

まずは平静を装い、今日はじめて温泉に来ましたよ、みたいな感じで本日2回目のかけ湯。湯舟を見ると、まあまあ人がいたので洗い場へ移動。使っていた洗い場には幸いにも誰もいなくて、とりあえず椅子に座って髪とか体を洗うフリしながら鍵を探してみたが見当たらない。

湯舟の状況を観察しつつ、こんな時に友達は何しているんだろうと辺りを見回すと、水風呂で茹で上がった素麺のように、冷水でしっかりとしめられていた。シュウマイだったり素麺だったりと、彼は彼で忙しそうなのでそっとしておいた。

湯舟につかっている人も少なくなってきたので湯舟に入って探してみると、ありました。あっさりと見つかりました。でもなんで足首から抜けたんだろう?けっこうしっかりと巻きついていたのに。たぶん悪いものが湯舟の底から這い上がってきて、僕の足首に巻かれたロッカーの鍵を引っこ抜いたんだろうな。そう思うことにしよ。今後二度と足首に鍵を巻きつけることはないだろうな。

そして無事ロッカーで着替えを終えたから、ちゃんと服を着て君に逢いに行けそうだ。友達が出てきたのはそれから20分後。ふやけてしわしわになりながらも「整った」って言ってたな。放心状態で。

しかし、帰る間際にまた問題が。今度は靴箱の鍵がない。バッグの中にもズボンのポッケにもない。このまま裸足で君に逢いに行かなくちゃいけないのだろうか。この仕打ちはいったいなんなんだ?49っていう靴箱のナンバーがいけなかったのかな?僕の誕生日は4月9日で、よく「4ぬまで9るしむ」とかってからかわれてたけど、あんまりじゃないでしょうか。もうどうでもいいわって半ばあきらめかけたけど、友達がもう一度よく探してみようと、僕のバッグの中を探してくれた。

ただ、いいかい?よく聞くんだ。ここは人の出入りが多い玄関なんだ。バッグの中身をこんなところで出して並べていくのはよしてくれないかな。頼むから。

そんなことお構いなしに、彼はいつになく手際よく捌いていく。脱いだパンツでしょ、靴下でしょ、濡れたタオルでしょ、髭剃りでしょ、、、もはや、鍵を見つけるのが目的ではないな、これは。最後の最後になって木製の大きめの鍵が出てきた。たぶん途中で鍵は見つかっていたはずだ。なんせ瓦煎餅ぐらいの大きさなんだから。

充分な辱めを受けたあと、僕ら二人は無事帰路へとついた。楽しかったけど、最近、落とし物とか忘れ物が多いな、しかし。


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それから数日がたって、夕飯の支度中、大根を用意してたら、葉っぱの部分からポロッと小さな鍵がでてきた。

見覚えのない鍵

なんだろな、これは。何かの暗示かいな?

この鍵を使って開けれるドアを探せってことなのか?

それにしては小さすぎじゃないかな?

とりあえず御守りとして財布のなかに入れておこう。人生は何が起こるかわからない。レイモンド・カーヴァーが言うとおり、足元には深い川が流れているし、ささやかだけど役にたつことはあるんだろうから。そしてこの日記はどこまでが真実で、どこからが虚構なのかもわからない。まあ、現実ってそういうもんだろ。


おわり。


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