水からいちばん近いところで②【日記】ゴシップをお与えください
僕らを乗せた車は海沿いの道を行く。
海はコバルトブルーで、沖合いでは無数の白波が一定のリズムで明滅している。
「風が強い日はこの道にまで波しぶきが飛び散ってくるんよ」
彼も海を見てそんなことを言った。しかしながら今の彼は運転をしている。彼はよそ見をしながら運転している。
僕は彼の目線をふたたび前に向けるために、この先にある石油工場で写真を撮りたいから、そこまで来たら車を停めてくれって頼んだ。それまで運転に集中してもらうため無言で過ごそう。
夜のライトアップされた工場もいいけど、白昼の陽光にさらされた工場も無機質な感じが浮き彫りになってなんかいいなって思った。建造物として日常的に馴染みがあるものではないし、美しい空との対比がいいのかもしれない。
車の中での僕らは久しぶりに会ったにも関わらず、お互いの近況のことなんかはほとんど話さない。いや、話すようなトピックが僕らには見当たらない。ただ、昼メシどこで食べようとか、ここに新しくハンバーガー屋さんができたんよとか、あ、ここにあったうどん屋さんが潰れてるとか、ラーメンショップのネギチャーシュー最高とか食に関わることばかり。それがひと段落すると、彼はカーテレビに映っている芸能人のゴシップをうれしそうに話しだす。僕の家にはテレビがないので芸能人のことはあんまり知らない。そのゴシップが真実かどうかもわからないけれど、心の中で崇高な気持ちになって願いごとをした。
・・・・
神よ、彼にとって芸能人のゴシップは生きるための貴重な栄養となっています。彼に絶えることなく芸能人のゴシップをお与えください。
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そう、僕も彼も誰かの栄養になるようなトピックなんてひとつもない。まるで砂漠の真ん中でラクダに逃げられたかのような人生をおくっている。渇きに渇ききっているんだ。だから二人で水(お湯)がたっぷりある温泉を目指すことにした。
つづく
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