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出汁の香りとノスタルジー

美味しい出汁やスープを飲むとしあわせなため息が出る。ダイレクトに脳に響いて、心がほどける。

和食では、出汁は命だ。

和食のみならず、洋食のブイヨン、ブロード、フォン、ヒュメだって大事な出汁。

シェフが丁寧に引いたブロードを豪快にこぼした先輩は、その心の持ちようをこっぴどく叱られていたのを見た。

中華でもスープが命。

昔一緒に働いていた中国人の留学生の子は、『スープないとご飯食べられないでしょう?』と言っていた。

日本人の味噌汁のように、五臓六腑に染み渡る出汁.もしくはスープの大切さはきっと世界共通。それぞれのソウルフード。  

和食の基本の出汁と言えば、一番出汁。良い昆布と鰹をたっぷり使って引く。でも、私が鰹出汁の味や香りを知ったのはだいぶ大きくなってからだ。

うちの実家では、にぼしや干し椎茸の出汁がメインだった。

お味噌汁にはにぼし。頭やワタを取らずに丸ごと何本か入っていて、カルシウムだから食べなさい、と言われた。なんでこんな生臭いものをおつゆに入れるのだろうと子供心に納得いかなかった。

一方、煮物やお吸い物の出汁は、干し椎茸の出汁がメイン、あとは、昆布。祖母が椎茸を戻して何か準備している夕方や早朝、家の中はふくいくたる出汁の香りが漂い、どんなご馳走が食べられらのだろうとワクワクした。

にぼし出汁のお味噌汁だったウチは、いつのまにか顆粒だしの登場により、そっちが主流になった。鰹風味の顆粒だしの風味は新鮮だったし、洗練された味なように感じて、私はあっという間に虜になって、味噌汁の他に、雑炊やお粥、玉子焼きなどいろんなモノに入れては楽しんだ。

それでも、私の中では、干し椎茸の出汁で作る煮物やお吸い物はやっぱり格別なのだ。

今は即席のだしやスープの素、だしパックが数限りなくあって、随分便利で有難い。

でも、時間や手間をかけて、気持ちを込めて引いた出汁やスープ、ブイヨンの、繊細ですっきりした中の奥深さは丁寧な仕事でないと作れない。

わちゃわちゃしながら、乱暴な心で作った出汁は、濁って雑味が多いし、真っ直ぐな気持ちで引いた出汁は澄んだ味がする。

とはいえ、いつもそんな上品で上等な出汁じゃなくてもいいんじゃないか、とも私は思う。気持ちがほぐれる、ホッとする風味や旨みが出せるかどうか、気張りすぎてくたびれないように、ということも大切だ。

色々配合して煮出すスープも美味しいけど、和食の、昆布だけとか、干し椎茸だけとか、少ない材料からにじみ出る素朴な出汁の素晴らしさたるや!

和食に転職して、いくつかの店で働いたが、店それぞれ、親方ごとの出汁の常識があって、毎度怒られながらもその多様性や奥深さは興味深かった。

美味しい出汁に、基本形はあっても、答えはない。料理もそう。ただ、ガサガサした気持ちではなく、しっとりとした心持ちで美味しく、人の心に染み渡る出汁が引けたらいいな、と思う。

基本の一番出汁

①鍋に水を1.8リットル、昆布を15センチ×10センチくらいのものを表面をさっと拭いて入れ、半日から一晩おく。(時間がなくても、1.2時間は欲しいところ。)

②火をつけ、静かに沸かしながら、沸騰前に昆布を引き上げ、鰹節をふわっとたっぷりふたつかみいれ、ブワーっと沸いてきたら火を止める。数分待って、鰹節が沈んだら、アクをとり、静かに濾す。

☆煮物用の出汁の時は、昆布と鰹節を一緒に入れてから火にかけ、コトコト軽く煮出して、濃厚な出汁を取ったりする。

☆干し椎茸は、軽く洗って水につけて戻し、傘のひだに入り込んだ泥などを落とし、濾した戻し汁とともにゆっくり炊く。





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