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K-123 ボルゲーゼのマルス胸像

石膏像サイズ: H.76×W.66×D.34cm(原作サイズ)
制作年代  : 紀元前1世紀頃(原作は紀元前430年のブロンズ像)
収蔵美術館 : パリ・ルーブル美術館
原作者   : アルカメネス(Alcamenes)

フェイディアス(パルテノン神殿建造を指揮)の弟子であった彫刻家アルカメネス原作のマルス像です(原作は紀元前430年頃のブロンズ像、現存せず)。その名は、イタリア・シエナ出身の名門貴族ボルゲーゼ家のコレクションであったことに由来します。ナポレオンのイタリア半島支配によって、ボルゲーゼ家のコレクションは大量にフランスへと送られ、ナポレオン失脚以降も様々な事情(①ボルゲーゼ家が経済的に困窮していた、②当時の当主であったカミッロ・フィリッポ・ボルゲーゼの妻が、ナポレオンの妹のポーリーヌ・ボナパルトであった・・・)によってフランスに留まることになり、ルーブル美術館の収蔵品となりました。

この作品は、日本では”マルス(Mars)”と呼ばれることが一般的ですが、フランスでは”アレス(Ares)と表記されます。”アレス”はギリシャ神話上での軍神の呼び名で、”マルス”はローマ神話での呼称です。この二つは同一視されることも多いのですが、少し性質の異なる部分もあるようです。

ギリシャ神話上での”アレス”は、好戦的で荒々しく、怒りやすい狂乱の存在とされ、まるで疫病神のような扱いです。それに対してローマ神話上での”マルス”は、勇敢な戦士、青年の理想像として慕われ、主神並みに篤く崇拝された重要な存在でした。ギリシャ神話でのアレスは、父がゼウス、母がヘラという、実に正当な血筋ではあるのですが、双子の妹が”闘争と不和の神エリス(パリスの審判の原因、つまりトロイ戦争の遠因を作った)”ということで、兄弟そろってすこし荒っぽいキャラクターなのです。

「アレスは、火、炎、災難、恐怖という四つのキャラクターを象徴する4頭の馬に引かれた馬車に乗り、青銅の鎧、巨大な槍を握って戦場に向かう。それに不和の神エリスと、二人の従者デイモス(恐怖)とポポス(驚愕)、都市の破壊者エニューオーと死者の血に飢えた陰鬱の神ケールが続いた」(「恋する石膏像」 視覚デザイン研究所編 より)


そして、美の女神アフロディテとは不倫の恋仲で、知恵と正義の女神アテナとは常に敵対関係でケンカばかり。

そんな良いとこなしの”アレス”ではありますが、ローマ人にとっての”マルス”は大切な神様なのです。なんといってもローマ建国の伝説に登場する”ロムルスとレムス”という双子の兄弟の父親が”マルス”であり、成長したロムルスの建国した国がローマですから、マルスは建国の祖ということになります。この石膏像の原作彫刻が、古代ギリシャ時代の紀元前5世紀頃であることを考慮すれば、”アレス”という名称は妥当なものですが、彫像自体の持つ、ゆったりとした、どこか内省的な表情と、その美しい肉体のプロポーションを考慮すると、やはりローマ神話上での”マルス”を描いているのではとも思えてきます。



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