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T-510 アマゾンのトルソ

石膏像サイズ: H.93×W.34×D.32cm(原作サイズ?)
制作年代  : ローマンコピー(原作は紀元前430年頃のブロンズ像)
収蔵美術館 : ローマ・カピトリーノ美術館
原作者   : フェイディアス
出土地・年 : ローマ 1770年

このスタイルのアマゾン像は”マテイ”タイプと呼ばれますが、これは彫像の発掘当時の所有者が中世~近世にかけてのローマの名門貴族のマテイ家(教皇イノケンティウス2世を輩出した家系)であったことに由来します。カピトリーノ美術館収蔵の原作彫刻を観察すると、両腕、両腿、頭部などに、かなり多きな接続跡や、明らかに後世補足された部分が見てとれます。頭部に関しては、ナポリ考古博物館収蔵の類似彫刻に習って新規に付け加えられた記録が残っており、おそらく両腕も後世の補足ではないかと推定されます。ローマ時代のコピー作品とはいえ、実際に18世紀に古代遺物として発掘されたときの姿は、この石膏像のような”トルソ”の姿だったことが想像されます。

アマゾン族は、古代ギリシャ神話に登場する女性のみの部族のことで、実在していたかどうかは定かではありません。神話上では、軍神アレスを起源とする部族で、当時のギリシャ人にとって未開の地であった黒海沿岸に住んでいたとされています。実際には、こういった黒海沿岸や、北アフリカに実在した母系部族のことを、ギリシャ人が誇張して考え出したものではないかと考えられています。馬を飼いならし、弓術を得意とする狩猟民族で、狩猟の女神アルテミスを信仰していました。女性のみで構成された部族で、子孫を残すときのみ他部族の男性と交わり、男児が生まれた場合には殺すか追放、または奴隷として管理し、女児のみを後継者として育てました。アマゾン族は、ギリシャ神話上でも様々な場面に登場してきます。ヘラクレスの12の冒険では、アマゾン族の女王ヒュッポリテーの持つ帯を奪取する物語がありますし、トロイ戦争に於いては、アマゾン族はトロイ側に加担して参戦し戦ったことになっています。トロイ戦争の際に、アマゾンの女王ペンテシレイアは、ギリシャ側の武将アキレウスと一騎打ちで戦った後敗れて殺されてしまうのですが、その死に際にアキレウスはペンテシレイアのあまりの美しさに恋に落ち、その死を嘆いたというエピソードも有名です。

ローマ・カピトリーノ美術館収蔵 「傷つけるアマゾン(Wounded Amazon of the Capitol-Mattei type.)」  ローマンコピー 紀元前440年頃のフェイディアスの原作による 1770年発掘 (写真はWikimedia commonsより)


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