のり弁の回


いまここでしねばかばんののり弁はぶちまけられて春の県道/坂中茱萸 🌛


歩いてて遭遇したものであるとする読みと、恋人(と思われる)の事故の記憶(と読める)が突然よみがえった主体が嘔吐してしまったそれであるとする読みの二つの線が【のり弁】にはある…というところから「雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁/斉藤斎藤」を思う、この心の動きをちょっと久しぶりにさせられたという感想で、2019年、変わらず僕には重要な歌です。(遭遇した「のり弁」派です)

いまここで~ は明らかにその本歌をひっくり返してみせて【県道】で終わっている歌で、【しねば】【ぶちまけられ】る、というのですから自然と死因は【県道】を走る車によるもの(「しねば」と言いつつ自死ではないように思える)という風に読みが伸びるのですがまぁどう死んでも体は前や後ろには倒れるのだから【のり弁】はこぼれてしまうのか……という気づきを経由し、本歌では降っていた【】が消えて【】になり、歌の最後には私なんかいま一瞬しにたかったなという気分だけが残る。読みの体感の報告でいうとそういった流れでした。【県道】も【のり弁】も絶対にそこに「ある」ものとしてしか読めない本歌とちがって、この歌には一瞬の思い=「もしもここで私が死んだら」しか実際物がない感じがする。のり弁を持っていた(→持ってない)県道(→広めの道、くらいだったもしれない)の程度に加工されている感じを受けて、このあたりはもじり・本歌取りの歌がこうむる影響かなぁと感じます。しかしながら【雨の県道】の方の「のり弁」との対(ペア)になりたさの実践、の意気を見たというか、【雨】→【春】という改変に、「しねば」と書かれつつも歌で起こっているのは、両歌の「のり弁」をめぐる〈わたし〉の生き直しのようなものであると感じてそこに魅かれました。

泣いたぶんふわっと浮かぶたましいは雨に透けるしけろりとしとる/のつちえこ

この歌の瞬間に「実際に」泣いてたからこう書いたんだろう、という読みはいったん置いておいて、「たましい」は、「怒る」でも「笑う」でもなく「泣く」で天上に近づくとこの人は考えているのだな、という序列みたいなものの気配がおもしろかったです。歌の中に、泣いた「私」がいるのか、泣いた「あなた」がいるのか、それかもっと一般論としての話をしているのかが確定できないため、ざっくり「生きてる者」が「何をした」かで心を動かしたい派としてはこれ以上踏み込めないという感想です。「~しとる」という言い方はちょっと長老っぽいから、泣いた「あなた」にこのような慰めをしてる、というニュアンスで落ち着きます。

泣かないで もうアボカドを1ミリにスライスしたりしなくていいよ/坂中茱萸

口語歌に封入されることで強さを放っていた頃もある「したり」「とか」「なんか」は今ほとんどレトリックとしては無効かなあという感想を持った歌です。「したり」は、言葉の機能で言うと、それ以外の「しなくていい」行動や、「その必要はない」という意志を持つ者、が浮かぶもののはずなんですけど、結果として「アボカドを1ミリにスライスすること」しか思い浮かばないような効き方をしてしまっていると思いました。

「おねえちゃんが赤ちゃん産むの」 やって来たツインテールからうさぎ二羽逃げた/沢茱萸

今はお相手がいなかったり、年齢が達してなかったりだけど、ゆくゆくはあなた「赤ちゃんを産む」んですよ、と何かが予言に来た際のセリフとして「おねえちゃんが赤ちゃん産むの」を読んだので、自然と「やって来た」のは未来からの、なんか漫画のキャラ的な小動物(宙に浮いてがちですよね)であるのかな、という感想です。ツインテール はこの小動物の特徴なのかな、と読んだので、続く「からうさぎ二匹逃げた」がちょっと読めなかったです。なんか沢さんの歌では先月も漫画を思い出してた気がしますねおれ。

そういうの流行った夏もあったので、わたくしの先のとんがった靴/シロソウスキー

【靴】が実際にある感じ、は疑わないうえで、「そういうの」と書くことで強さが生まれていた時期はもう過ぎた気がするな…という感想がありました。大学とかで「とんがった靴」めちゃくちゃ見る時期あったなあ、と思い出す「あの」ファッションの流行は、こんなわたくしにまで及んでいたのだな・・・という感慨自体には力があると思います。

食べたいと強く願えど叶わずにピザは八つに分かれて消えた/おいしいピーマン

「意味が分かると怖い話」みたいな読み方をとりました。たしかにその場にいるのに、いないことにされてる九人目、として食べたいと強く願えど叶わなかった私、を置く。【分かれて消えた】の、童謡「しゃぼん玉」の最後みたいな言い方が、生命力の弱い「わたし」を連れてきてる気がする。

通勤の電車に人が満ちてくる電子手帳に虚無と打ち込む/涸れ井戸

どうなんでしょう… 「虚無」もむずかしいのかなぁもう、となりました。味がしないくらいに大急ぎでネットジャーゴンにされていったような印象がある語彙です。「虚無」。



・月の末日までに届いたどれかへ1首評を書き、翌月の2日にこちらのnoteへアップいたします。
・引用された短歌は既発表作扱いとなります。
(新人賞応募作品等に組み込めなくなります)
・投稿歌・投稿者に関して、文章以外の形で喧伝・口外することはありません。