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製作ノート(17)劇団衛星25周年に向けて

劇団衛星プロデューサーの植村です。
気づけば、9月も半分が過ぎようとしてました。もうすぐ9月が終わるってことは、衛星歴24年の暮れが近づいているということです。

いよいよ来年(10月から)は、衛星歴25年。劇団設立から、25年目を迎えます。

『珠光の庵』海外公演は、劇団25周年記念企画の気持ちも持って取り組んでいます。
当初、私は、25周年記念は別の企画を妄想してたのですが(私がやりたいと思って、蓮行にも「いいよ」って言ってもらってた)、タイミングやらご縁やらあり、今回は、ずっとやりたいと考えていた、お茶会演劇の海外バージョン創作に取り組むことになりました。

(ちなみに、もともと私が妄想してたのは、劇団衛星の過去作品を色々な劇団・演出家に上演してもらうような企画をやりたいと思ってました。これも、いつか、機会があればやりたい。上演してみたい劇団さんやアーティストさん、いませんかしら?)

前回の、製作ノート(16)で、ファックジャパンが、本作初演の頃の思い出や気持ちを綴っていました。初演が衛星歴9年、再演・各地での上演が始動したのが10年。ちょうど劇団の歴史の中でも、一つの節目だったのだなあ・・と改めて思います。

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(↑写真は、初演時の公開リハーサルの模様。)

劇団員がプロとして、他のアルバイトなどをしないで、演劇をしていくことになったちょうどその頃。『珠光の庵』や『劇団衛星のコックピット』、その翌年には『大陪審』という、その後、長く上演を続ける作品が生まれていった、大切な時期でもありました。

20周年のインタビューの時も、話したのですが。
『珠光の庵』の初演と、最初の再演(大阪・奈良での公演)の間に、学校公演としての上演をしています。その本番があったのは、『第五長谷ビルのコックピット』という企画を開催している時でした。それは、劇団衛星の作品と、その他色々な団体・アーティストさんに、同じコックピットの舞台美術を使って作品を上演してもらう、演劇祭的な企画だったのですが。その、劇団衛星作品をやらない、衛星劇団員にとっての休演日に、別の、『珠光の庵〜草の巻〜』の学校公演をやる、というスケジュールでした。

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(↑最初の学校公演の模様。)

私は、コックピットの公演にかかりっきりになっていて、学校公演の稽古にはほとんど顔を出すことができていませんでした。本番日の前日くらいの稽古で、初めて様子を見たとき。私が全く関われてない稽古場でもきちんと作品を創ってくれてた劇団員たちを、本当に頼もしく愛おしく感じ、大切に思うようになりました。
『珠光の庵』を始めた頃は、そんな風に、私にとっても、一つの節目となった時期でした。

色々な意味で、重要な節目を重ねて、それからさらに15年。私たちはこれからも、おそらく色々ありながら続けていくのだと思います。引き続き、そんな姿を見守っていただければ嬉しいな、と思います。


2019年9月15日
劇団衛星プロデューサー 植村純子

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