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『魔女の遺伝子』第一話「魔女裁判」

あらすじ

クローン人間であること以外ごく普通のどこにでもいる女子高生のリサ。彼女はある日の帰り道、親友のアリーと別れた直後、突然現れた二人の男に誘拐されてしまう。そして目が覚めると、彼女はどこかの研究施設の中の密室にいた。


本編

 ある穏やかな春の朝。とある国の法廷にて、うら若き娘の裁判が開かれていた。彼女の名はナタリー・ホワイト。愛称ナターシャ。光輝く長い銀髪と、透き通るような白肌を備えた、細身でやや背の高い可憐な娘。その瞳は奈落の底のように、暗く、深く澱んでいた。

「……本件における殺害行為のうち、被告人ナタリー・ホワイトによるものを正確に把握するのは困難である。しかしながら遺体に残された魔術の痕跡から、その数は少なくとも非戦闘員六百名以上、戦闘員二千四百名以上、将校十八名以上と推定される。最も多かったのは重度の熱傷で、総数は……」

 裁判長の口から、彼女の犯した身の毛もよだつような罪の数々が淡々と語られた。当のナターシャは少しうつむいて、聞いているのかいないのかわからない様子で証言台に立っていた。

「……非戦闘員の虐殺は非人道的で許されざる行為であり、情状酌量の余地はないものと考えられる。また被告人の共謀者たちによるものも含めれば、我が国に与えた損害は甚大であり、疑いようもなく極刑が妥当である。以上をもって、被告人ナタリー・ホワイトを死刑に処する」

 判決は死刑。法廷に集まった人々はざわつくこともなく、外でさえずる雀の声が聞こえるほど場は静まり返っていた。そんな中、それまで微動だにせず俯いていたナターシャが急にくすりと笑った。

「量刑に異論はありません。たしかに私のとった行動は社会的に許されないものです。……ですが裁判長。法の番人としての権限を行使されるなら、私より先に裁くべき方が大勢いらしたのではないですか?」

 彼女の言葉に、裁判長は全く動じる様子がなかった。
「当裁判では被告人の発言を許可していない。判決は確定した。以上をもって当裁判は閉廷と……」
 彼はナターシャの質問を無視し、閉廷を宣言しようとした。しかしそれを遮るかのように、ナターシャは顔を上げ、唐突に高笑いをしだした。

「あはははは! 被告人の発言を許可していないですって!? そんな裁判にいったい何の意味があるというの!? ただ事の経緯を並べて、一方的に罪状と量刑を言い渡すだけの茶番に! こんな下らないことをするぐらいなら、私の両手を切り落としたとき、ついでに殺せばよかったじゃない!」

 ナターシャには両手が無かった。彼女は生まれ持った異能力で多くの人間を殺害した。その力は彼女の両の掌と、四つの衛星サテライトから発せられた。彼女は自分と同じように迫害を受けていた能力者を集め、国家転覆を企て、社会に復讐をしようと試みた。しかしあと一歩のところで知将ベラドナ将軍に敗北し、その場で両手を切断された。

「証言台に立たせておきながら、魔女には発言権すら与えない。あなたたちの大好きな見せしめね! ああ、なんて悪趣味なこと!」
 ナターシャはその場にいる者すべてを、まるで死骸に産み落とされた蛆虫でも見るかのように蔑み、激しく皮肉った。

 本来なら数秒あればこの場にいる全員を消し炭にできるほどの力を持つナターシャも、今やどこにでもいる年頃の娘でしかない。彼女がどれだけ不快感を露にしようと、最早本気で恐れる者は一人もいなかった。

「以上をもって当裁判は閉廷とする」
 裁判長は改めてナターシャの訴えを無視し、そのまま閉廷を宣言した。しかしナターシャは、そんなことはお構いなしに喋り続けた。

「私の生まれ故郷……。あの忌々しい田舎町で私たちを迫害してきた奴ら……。あいつらは死の間際ですら、自分たちの何が間違っていたのか理解していなかった。恐怖以上に、なぜ自分が? って驚きが顔に現れていた。そのとき私は確信したのよ! こんな奴ら、根絶やしにでもしない限り同じことを繰り返すって! だから私が裁いてやったのよ! あなたたちの代わりにね!」

 証言台から一歩も動かず、ただひたすら己の言い分を口にするナターシャを見て、裁判長は右手で何かの合図をした。するとナターシャの後にいた衛兵が、すぐさま彼女を羽交い絞めにした。彼女の一連の行動が審判妨害と見なされたのだ。

「放して! あなたもそうなんでしょう!? 自分は人として当然の行いをしてる! 社会を乱す異分子を取り除いてる! そう思ってるんでしょう!?」
 ナターシャは精一杯抵抗したが、屈強な衛兵の腕を振りほどくことができず、そのまま出入口の方へ引きずられた。

「断言するわ! あなたたちはこれからも同じ過ちを繰り返す! あなたたちの子孫も同じように誰かを迫害して、その度に第二第三のナタリー・ホワイトに復讐されるのよ!」
 彼女は捨て台詞を吐いた後、その場から強制退去させられた。

 法廷に残された人々の反応は冷ややかだった。ある者は邪悪な魔女に天罰が下ったと誇らしげに語り、またある者は社会の塵が一つ処分されたと言って安堵の表情を浮かべた。しかし彼女の立場に立ってその心情を推しはかろうとする者は、ただの一人もいなかった。
 その七日後、彼女の刑は予定通り執行された。当時としても異例の早さだった。


 それからおよそ五百年の歳月が過ぎた。


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