見えている世界の違い?

Shing02氏というMC/アーティストがいる。90年代半ばごろからLiving Legends周辺やレーベルMary Joyで活躍していた方で、近年ではNujabesとのLuv. Sicプロジェクトで有名じゃないかと思う。先日たまたまネットを眺めていたら、突然彼に対する批判が集まっていた。どうやら下掲のツイートが原因らしいので、スクリーンショットを載せておく(4月23日保存)。

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彼のTLを追ってみたら、どうやら彼は、何日間か、今般の新型肺炎問題への声明を熟考の上、上掲の「この時代を生き残る術」というツイートをしたためたらしい。その結果、不幸にも当該ツイートを目にした人々の中から反発があったというのが、私が先日目にした事象の成り行きのようである。

ネット上の反応を見るにつけ、特に 1. 「政治的論争に加担するな」という部分に関して、反発が大きいようだ。つまり、「こんな状況でみんな声を上げているのに、冷や水を浴びせるようなことは言うな」「今こそ政治的メッセージを伝えるときなのに、何を悠長なことを言っているのか」というようなことで議論を呼んでいるようである。切迫する現在の状況に対して、人々が持つ感情としてはわからなくもない。実際に私も生活が一変したし、いつまでこの自粛生活が続くのか、毎日気が気ではないというのが本心である。近しい間柄においても、外国人向けのゲストハウスを経営していた友人夫婦は今月末での廃業を決めたし、都内でバーを経営していた先輩は、来月いっぱいでお店をたたんでしまうそうだ。特に前者の友人夫婦は、拙策続きで個人事業主に対し満足な保障もない日本行政には怒り心頭のようで、状況が落ち着き次第、日本を離れると宣言している(旦那さんはイギリス出身なので、別に日本に留まる必要もないのだろう)。

今回の新型肺炎に対する日本の対応は、おそらく一般的に思われている以上に大きな爪痕を残していると思う。先の友人夫婦もそうだが、実際4月初頭において、米国大使館から日本政府の検査不足、医療崩壊に関して懸念する帰国要請の連絡が入ったとき(在日アメリカ人の多くはこのことが日本語のニュースになる数日前にメールで情報を得ていた)、私の見聞きする限りにおいても多くの在日外国人が帰国を決定した(中にはわざわざ就労ビザを取ってようやく4月から働こうとしていたときに、突如職場からいなくなってしまった者もいた)。

なにせ日本は戦略上の問題なのかシステム上の問題なのか、新型肺炎に関する情報が全く透明ではないので、特に欧州・北米出身者なら不安に思うのも無理はない。正直こういった情報の非透明性に関する疑念はそう簡単に拭いされるものではないし、11年の大震災時よりも、あとあと尾を引くような気がしている。人々の「知る権利」をここまでないがしろにできるのも凄いと思う。

そんなこんなで先のShing02氏の1. 「政治的論争に加担するな」に対する反発も理解できなくはない。ただ、その上で個人的によくわからないのは、この「政治的論争」という言辞である。「論争」っていうのは単なるargument(言い争い)のことなのか、controversy(問題に対する中長期にわたる論議)のことなのか。「論争」という抽象的な言葉だけを目にして、発信者の正確な真意を捉えることは、残念ながら私にはできない。

おそらく英語話者であるShing02氏は意図を持ってこの「論争」という言葉を選んだと思うし、拝察するに、彼は「argument=(無駄な)言い争い」に加担するな、という意味で、1. 「政治的論争に加担するな」という言葉を書いたのではないかと思っている。そういう風に捉えるならば、「こんな状況でみんな声を上げているのに、邪魔をするな」といったネット上で批判する向きも、多少語気が穏やかになるのではないだろうか。日本語の「論争」って言葉が非常に曖昧模糊としているので、この言葉の捉え方次第で意図するものが異なって見えるというのが、上記tweetを目にしたときの率直な感想だった。

次に、そもそも論として、このTwitterというアプリケーションは、自分のさえずり「tweet」を140字以内で投稿してゆくという機能を持っている。140字の情報の中から、発信者の真意を全て汲み取るのは困難だろうし、配信者、読み手との間の「見えている世界」が時折異なっているように見えるときがある。配信者はなんの気なしにtweetしたものでも、衆人環視のソーシャルメディア上では、本人の意図とは異なる方向で読み手が想像を膨らますことがあるのではないだろうか。そもそも1. 「政治的論争に加担するな」というのは誰に向けた発言なのだろう。Shing02氏がShing02氏自身に訓示として問いかけているようにも見えるし、ネット上の反発のように、仮にこれが「世間への訴え」であったのならば、確かに「大きなお世話」だと言う向きがあったっていいだろう。この辺りの発信者と読み手との間の「見えている世界の違い」が、この手の騒動の原因となっているように思えてならない。まあ、これを「アーティストとしての表現力の無さ」と切り捨ててしまうのも一つの価値判断だと思うけど、たった140字で個人を断罪してしまうのも如何なものか。そもそも単なる一アーティストのShing02氏の言説にどの程度の影響力があるのか、その労力を政治権力、日本行政に向けた方が有益ではないかという気もしないでもないのだが、実際に日本のアーティストは政治的発言を避ける傾向があるため、社会性を元にした楽曲を多く手がけたShing02氏もその一人になってしまうとしたら、そういった彼の姿勢を支持していたファンの失望もわからなくはない。オンラインのコミュニケーションは難しい。

そんなこんなで、上述したShing02氏の発言にたどり着いたのだが、当該のtweetには英語版もあって、個人的にはこの2言語の対比がとても興味深かった。

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この二つのtweet、おそらく多くの方にとっては、日本語とその対訳、という風に映るかもしれないが、実はニュアンスは同じくしているものの、逐語的には「翻訳」と呼べるようなものではない。仮に後者が「翻訳」だとすれば、おそらく「翻訳者」としては失格だと思う。あえて「政治的論争に加担するな」を逐語訳するとすれば、"Don't be involved in political augments"などとなるだろうか。しかし、誰もこんな言い回しはしないだろう。例え「訳文」として文法が合っていても、意味が伝わるとしても、言語としての特性、構造を踏まえない「翻訳」は生きた言語とは言えない。その点、"Politics will always be around. Stay away unless necessary"は英語の文章として至って自然だし、「政治はいつも側にある。必要でなければ離れていろ」という日本語訳は、逆に自然だろうか。これは感性の問題かもしれないが、少なくとも私には、このShing02氏の文章は日本語でも英語でも至って自然に見受けられる。これは簡単に思われるかもしれないが、非常にスキルと教養を擁する作業だ。

Shing02氏の曲を聴いたことがある方ならわかるだろうが、彼の英語はいわゆる日本人訛りの英語であり、彼の英語は幼少期にアメリカで培われたものではない。本人の自伝などによると幼少期はタンザニア、イギリスで暮らしたとのことだが、彼の訛りを聞く限り、おそらく完全な英語環境でバイリンガルとして育てられたのではなく、中等教育以降で身につけられた英語だろう。実際、彼は15歳の時にアメリカに渡り、その後UC Berkeleyに入学を果たしたようだ。これは並大抵の努力では叶わない。高校生から米語を学び直し、西海岸の名門公立大学に在籍し、当時日本出身者では唯一の日米両ヶ国語を駆使したラップを披露し、作品を発表した。そんな彼の膨大な努力の一旦が、先のtweetsには垣間見えた。私もいつか彼のようになれるように頑張りたいと思う。そんな思いが優ったため、以下のようなtweetをしてしまった。

因みに、変な直訳英語の例として、自分の恥(tweet)を紹介しておく。

なんか雰囲気が出るかなと思い、あえて"comes from"じゃなくて、受動態の"is come from"と書いたのだが、米ネイティヴの妻曰く、「"is come from"なんて聖書でしか見たことない古い表現だよ。おかしいから」とこき下ろされてしまった。あと、""内で結んでいる主語が長すぎるのも変だそうだ。たとえ文法的に問題がなさそうでも、おかしな英語になることは多々ある。日々非ネイティヴはこれらのエラーと格闘し、改善しようと努めているが、なかなか超克することは難しい。そもそも「見えている世界」が違うのだろうと思う。いつか私も彼らと同じ視界から、世の中を眺めてみたいものだ。英語は使わなければ上達することはありえないし、どんどん忘れる。自戒を込めて。

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